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「恋しくつて」文豪・川端康成の初恋相手への恋文が胸キュンすぎる

名作「伊豆の踊子」や「雪国」などを発表し、ノーベル文学賞を日本人で初めて受賞したことでも知られる作家の川端康成の、初恋の人に当てた書簡が発見されたというニュース。実は投函されなかったというその手紙の内容が「夜も眠れない」など胸キュンすぎる内容なのでまとめました。さすが文豪です。

更新日: 2014年07月10日

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monet333さん

・名作「伊豆の踊子」や「雪国」などで知られ、ノーベル文学賞を日本人で初めて受賞した作家の川端康成氏

ノーベル文学書を受賞し、日本を代表する作家である川端康成氏(1899~1972年)

「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」誰もが知る一節で始まる「雪国」をはじめ、数多くの名作を生んだ作家・川端康成

代表作に『伊豆の踊子』『雪国』『千羽鶴』等があり、日本的抒情文学の代表作家

「日本の美」を表現し、1968年(昭和43年)にノーベル文学賞を日本人で初めて受賞。

・この川端康成氏が、初恋の人に当てた手紙とその恋人からの手紙が新たに見つかる

川端氏が恋人に宛てた手紙と、その恋人からの手紙、計11通が新たに発見される

川端康成が学生時代、婚約者にあてた未公開の手紙が2014年7月8日までに、神奈川県鎌倉市の川端邸で見つかった

保管されていたのは大正10年、学生だった川端康成が文壇デビューした年に伊藤初代という女性に宛てた手紙1通と初代から川端が受け取った手紙10通

・一度は婚約するも、悲しい結末に終わったこの初恋

後に初代は岐阜県の寺の養女となり、東京帝大に進んだ川端は追いかけて1921年10月8日に婚約を果たす

しかし直後の11月8日、初代から「私にはある非常が有るのです」と結婚を断る非常の手紙が届き、婚約は理由不明のまま破談になった

康成は旧制中学時代、寄宿舎の同室だった後輩に思いを寄せたことがあるが、本格的な恋愛は、初代が初めてだった

・投函されなかったこの恋文の胸キュンすぎる内容

手紙は、大正10年(1921年)に書かれ、当時22歳だった川端康成が15歳の女性に宛てた、愛の言葉に溢れた内容

手紙は「僕が十月の二十七日に出した手紙見てくれましたか。君から返事がないので毎日毎日心配で心配で、ぢつとして居られない」との書き出し

初代からの返事が遅れていることについて「恋しくつて恋しくつて、早く会はないと僕は何も手につかない」と切実な思い

苦悩する想いを綴った若き日の川端氏

「返事するに困ることあるのか、もしかしたら病気ぢゃないか、本当に病気ぢゃないのかと思ふと夜も眠れない」

「誰か何と云(い)つたつて僕を信じていらつしやい。君の思う事何でも承知してあげる(原文ママ)」と、結婚を切望する思いを訴え

川端氏は、自分を信じて東京へ来るよう強く求め、「君の思ふ通り書いて下さい」と結んでいた

しかし、手紙には日付が入っておらず、川端が書いたものの、何らかの理由で投かんされずに手元に残っていたと考えられている

・川端氏は、この経験と今回同じく見つかった初代さんからの「非常の手紙」を後に小説として発表

川端氏は後にこの恋を作品化

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