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椎名林檎や鳥居みゆきに影響を与えた「戸川純」というオンナ。

80年代〜90年代を中心に女優や歌手として芸能界に身を置き、数々の作品を残した「戸川純」。"カルト・電波系・不思議ちゃん・ヤンデレ"など、どれも一言では表せないあまりにもぶっ飛んだ彼女の人間性やエピソードなどを画像や動画と共にまとめてみました。そして、彼女の今は...?

更新日: 2019年09月05日

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calico-catさん

▼「戸川純」プロフィール

本名は戸川順子。妹は女優の戸川京子(満37歳没)。
凄まじい迫力の巻き舌と、高い歌唱力を持ちながらあえて音を外したシャウト、小学生姿など異様なコスチュームを着こみ、トランス状態に陥ったかのように目をむいて歌い狂うライブパフォーマンスが有名で、80年代当時は「ビョーキ」と言われていた。

元祖ヤンデレキャラ

自身の作詞では「愛してるって言わなきゃ殺す(「好き好き大好き」)」「滴る生き血に飢えるわ(「肉屋のように」)」など数々の過激かつ病的(猟奇的)な歌詞がみられるため、ヤンデレキャラの祖も言われる。
これはお茶の間の話題をかっさらうための色物的なネタではなく、当時のニューウェーブやパンクのバンドがこぞって行なっていた前衛音楽の実験の一種であり、制作側としては曲も歌も戸川のパフォーマンスも全て大真面目のつもりであった。

不思議ちゃん且つ繊細

本人は素でも不思議ちゃんであるとともに、やや神経質で危ういところのある性格だったようであるが、元々は「蘇州夜曲」の様な全く違うタイプの歌を好んでおり、その高い声を生かして「森の人々」など可愛らしい歌も歌っている。

元々は舞台女優

歌手としてのイメージが強いが、元々は舞台女優としてデビューした(そもそも本人は歌手になるつもりはなかった)。
戸川が歌手活動を始めたきっかけは、テクノパンクバンド・8 1/2(ハッカニブンノイチ)の熱烈なファンになり、追っかけをしていたことに始まる。
戸川は8 1/2の活動していた日比谷公園や六本木S-KENスタジオで、歌を披露するようになる。
まもなく8 1/2は解散し、ハルメンズというバンドに改組。戸川は、ハルメンズのゲストボーカルを務めた。

バンド解散後は「細野晴臣」が楽曲提供

程なくハルメンズも解散するが、メンバーに気に入られた戸川は、8 1/2およびハルメンズのキーボード担当だった上野耕路と、上野と交流のあった作詞家・イラストレーターの太田螢一にボーカリストとして迎えられ、「ゲルニカ」という音楽ユニットを結成。ここで戸川をプロデュースしたのが、同じアルファミュージックに所属し、かねてより戸川を気に入っていたYMOの細野晴臣で、細野はその後も戸川に楽曲を提供し続けることになる。

アイドル活動を経て現「ヤプーズ」を結成

その後、戸川がアイドルとして人気を集めるようになり、3人での音楽活動を行う機会がなくなってしまったためゲルニカは活動休止。
戸川のソロ活動が一段落した後、今度はハルメンズのドラマーだった泉水敏郎らと「ヤプーズ」を結成。以後、現在までヤプーズのボーカルを務めている。

▼戸川純の「音楽」

▼鳥居みゆきが語る「戸川純」

1981年3月18日生まれ。
日本のピン芸人である。秋田県生まれ、埼玉県育ち。
S&D Studioに所属後、業務提携先のサンミュージックプロダクションへ移籍。
結婚前の本名は鳥居美由貴。
狂気・混沌・支離滅裂!
演じるキャラが憑依したかの様な迫真のヘタウマ演技が、観る者を倒錯の世界へと引きずりこむ

「戸川純」との出会い

彼女は戸川純の存在を初めて知ったのが、中学3年生当時の教師の言葉からだと明かしています。
「これ雰囲気が鳥居っぽいから聴いてみろ」とCDを貸してもらったそうです。

「当時私は何をやっても人並みにできず、まわりとのズレを感じ、生きるということを非常に辛く感じていました。聴いているうちに戸川さんの声に引き込まれ涙がとまらなくなりました。」

その後、23歳になった鳥居みゆき。
同じ23歳の頃に戸川純が書いた杉浦茂(鳥居みゆきが敬愛する漫画家)へのレビューを読んで、再び衝撃を受けたそうです。

「同い年のその文章力に愕然としました。そして私も認められたいと思うようになりました。」

戸川純の歌声によって救われた鳥居みゆきは、戸川純の文章によって表現者としての自我が目覚めていったようです。

▼戸川純の「エピソード」

鳥居みゆき

お笑い芸人の鳥居みゆきは戸川の熱烈なファンであり、彼女の病的な芸風の起源をたどると戸川の模倣に行き着く。

学生時代

中高生の頃は女優志望であこがれは李香蘭とクレオパトラだったともいうが、吉永小百合のような女優を目指し、高校時代、毎日屋上で発声練習や腹筋運動などをかかさず行うなど地道な努力を重ねた。

不思議な間

かつては話すときに不思議な間が開く傾向があり、いかにも不思議ちゃん的であったが、近年はあまりしなくなり、むしろ豪快な喋り方に変わってきた。

CM出演

TOTO・初代ウォシュレットのCMキャラクターに抜擢された。この時の「おしりだって洗ってほしい」のセリフは著名。

映画出演

松竹のタブーだった「男はつらいよ」と「釣りバカ日誌」への両出演を初めて果たした。

いじめ

戸川は子供のころ大変醜く「太った山下達郎」と呼ばれており、いじめの理由を問うと加害者たちは「ブスだからだよ」と笑いながら答えた。

テレフォンショッキング

『笑っていいとも!』「テレフォンショッキング」のコーナーにゲスト出演した際、芸能界入りの動機として「小さい頃いじめられっ子だったので、(出世して)見返してやろうと思った」と語った。

人格

自分の中に複数の人格が存在しているのではと感じており、どれもが自分の姿ではあるが、状況によってどの人格が出てくるかが異なると考えている。

視力

視力は0.01で乱視。このためか、人と話すとき相手の顔ではなく壁や机を見る癖がある。

妹「戸川京子」

妹の戸川京子とは対照的な姉妹と見られることが多く、本人達も自分とは異なる性格の相手を疎ましく思う時期もあった。しかし、高校のとき、京子と徹夜で議論を交わしたことをきっかけに、お互いに結構似た者同士であることが判り、それ以降はあたかも親友同士であるかのような親密な姉妹になった。

自殺未遂

自殺未遂事件の時、自宅の壁に血文字で「皆憎」と書かれていたことが話題になった。

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