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審判失格 ~プロ野球・誤審が多い審判まとめ~

プロ野球をシラケさせる誤審。審判毎に代表的な誤審をまとめました。

更新日: 2017年05月01日

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【誤審判員メニュー】

・白井一行(しらい かずゆき)
・山路哲生(やまじ てつお)← NEW 2017/4/19 広島での誤審追加
・中村稔 (なかむら みのる)
・福家英登(ふけ ひでと)
・栄村隆康(さかえむら たかやす)
・柳田浩一(やなだ こういち)
・秋村謙宏(あきむら のりひろ)
・杉本大成(すぎもと だいせい)
・森健次郎(もり けんじろう)
・真鍋勝己(まなべ かつみ)
・土山剛弘(つちやま たかひろ)
・工藤和樹(くどう かずき)
・橘高淳 (きったか あつし)
・牧田匡平(まきた きょうへい)
・西本欣司(にしもと きんじ)
・原信一朗(はら しんいちろう)
・橋本信治(はしもと しんじ)
・嶋田哲也(しまた てつや)
・東利夫 (あずま としお)

誤審も野球のうちですが…。

● 白井一行(しらい かずゆき)

《来歴・人物》
兵庫県立明石高等学校、甲賀健康医療専門学校を卒業後、1997年にパシフィックリーグ審判員に。2000年8月に初めて一軍戦の審判を務めた。2002年、ウエスタン・リーグ優秀審判員として表彰。球審を務める時、ストライクのコールが非常に甲高い事で知られている。
2013年終了時点での出場試合数は779、2007年にはオールスターゲームに初出場を果たし、第1戦(東京ドーム)で球審を務めている。2011年シーズンから審判員が統合されたが、白井は引き続き『20』を着用する。

《審判出場記録》
初出場:2000年8月8日、オリックス対ロッテ18回戦(倉敷)、三塁塁審
出場試合数:779試合
オールスター出場:1回
クライマックスシリーズ:2回
日本シリーズ出場:なし
(記録は2013年シーズン終了時)

白井氏は、横柄な態度で簡単に退場コールを出す審判である。

退場にしてやったぞ!って感じのドヤ顔が、非常に腹立たしい…

気の毒な一塁ランナー。

一塁塁審、シライ。球審じゃない試合でも、誤審は止まりません…

ファン「白井、退場!!」

シライ「アアアァィ!!」

● 山路哲生(やまじ てつお)

《来歴・人物》
広島県瀬戸内高等学校→九州国際大学→大和工商リース→オオニシスポーツ勤務時代に広島県高野連審判員を経て、2004年にパシフィック・リーグ審判部に入局。現在の審判員袖番号は45(2010年までは5)。2014年終了時点での試合出場数は646試合。2009年7月24日のオールスターゲーム第1戦(札幌)では初出場にして球審を務めた。2010年、北海道日本ハムファイターズ対福岡ソフトバンクホークス開幕戦にて球審を務めた。

《審判出場記録》
初出場:2005年7月9日、楽天対ロッテ9回戦(フルキャストスタジアム宮城)、三塁塁審。
出場試合数:646試合
オールスター出場:1回
日本シリーズ出場:なし

山路氏は、2015年5月2日の公式戦で勝利打点をあげた審判である。

2試合で広島に対して3つの誤審をする山路哲生 こいつはもう審判やる資格なんてない #carp pic.twitter.com/ycArOZSdV8

● 中村稔(なかむら みのる)

《来歴・人物》
名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)在学時は工藤公康と同級生でありチームメイト。ドラフト3位で日本ハムファイターズに入団した。
日本ハムでは二塁手を務めたが、当時の日本ハムの二塁手は菅野光夫、岩井隆之、白井一幸、五十嵐信一がいる激戦区であり、1984年に一軍で5試合に出場した以外はほとんど出番のないまま1987年限りで引退。同年、パ・リーグ審判部に入局した。
1989年に一軍デビューし、同年10月12日の西武対近鉄のダブルヘッダー第2試合で近鉄ラルフ・ブライアントが第1試合と合わせて4打数連続ホームランの4本目のホームランを打った試合で三塁塁審を務めていた。 マスクは前方へ取って付けての感じで外し、コーナーの見極めは抜群と評価されている。1997年の日本シリーズに33歳の若さで初出場。2004年、41歳の若さで審判部副部長に就任。 2009年5月6日の千葉ロッテマリーンズ対北海道日本ハムファイターズ第5回戦(千葉マリンスタジアム)にて球審を務め、パリーグ史上27人目の通算2000試合出場を達成、また2014年5月15日の千葉ロッテマリーンズ対福岡ソフトバンクホークス第9回戦(QVCマリンフィールド)にて球審を務め、NPB審判員史上39人目の通算2500試合出場を達成した。
2016年シーズンよりクルーチーフを解かれ一般審判員となる。
オールスターゲーム出場4回(1993年、1998年、2003年、2012年)、日本シリーズ出場13回(1997年、1999年~2010年)を数える。オールスターでは1993年第1戦で球審、日本シリーズでは、2003年・2005年・2007年に第1戦、2000年に第2戦、1997年・2001年に第3戦、1999年・2009年に第5戦、2004年・2010年に第6戦で、それぞれ球審を担当している。
日本プロ野球選手会が行った、選手を対象としたアンケート「選手が選ぶ!ベストアンパイア」パ・リーグ部門において、2004年から2006年まで3年連続第1位に選ばれている。アンケートの始まった2001年から2003年までの間も3位以内に入っており、選手からの評判は良いということになっている。 2009年、2009 ワールド・ベースボール・クラシックの審判員として良川昌美、友寄正人、渡田均らと派遣され、1次ラウンドC組の一塁、三塁塁審を務める。

《審判出場記録》
初出場:1989年4月15日、ロッテ対近鉄3回戦(川崎球場)、右翼外審
出場試合数:2633試合
オールスターゲーム出場:4回(1993年、1998年、2003年、2012年)
日本シリーズ出場:13回(1997年、1999~2010年)
(記録は2015年シーズン終了時)

中村氏は、露骨に日ハム寄りのジャッジを下す審判である。

2016年6月19日 中日対日本ハム(ナゴヤドーム)

3回2死の守りでは中島の打球を三塁・エルナンデスが猛チャージをかけて素早く送球。タイミングは完全にアウトだったが、セーフの判定だった。

2点を追う8回先頭。代打・亀沢の打球はボテボテで二塁へ。果敢にヘッドスライディングを試みたが、判定はアウトとなった。

※これは同一の試合です

不可解な判定はこれだけではない。4回一死一塁から、ナニータは初球のボール球を見逃したように見えたが、ファウルの判定。審判は試合開始から終了まで寝ぼけていたようだ。

● 福家英登(ふけ ひでと)

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