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おかもとまり出産!夫・naoの前妻が25歳で亡くなっていた件

「可愛すぎる女芸人」と呼ばれるお笑いタレント、おかもとまり(25)、nao(34)と結婚。naoは07年に歌手のasさんと結婚して1児をもうけたが、as(TAMAMI)さんは11年に25歳で亡くなっている。

更新日: 2016年01月11日

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この記事は私がまとめました

03040さん

▼おかもとまり 作曲家naoと結婚

出典ameblo.jp

おかもとまりといえば女優の広末涼子などのモノマネで有名な女性タレント。

13日に入籍したことを報告したおかもと。同時に第1子を妊娠していることも明かし、「彼はもともと1児の父であり、これからは家族4人、優しく頼れる彼と共に、穏やかな家庭を築いていきたいです」と結婚生活への意気込みをつづった。

お相手というのが、かつてフジテレビで放送していた「あいのり」の主題歌「明日への扉」をヒットさせたI WiSH(アイウィッシュ)のキーボード担当naoだ。

nao

別名 菅原直洋
1980年12月13日生まれ
東京都出身
血液型 B型
職業 音楽プロデューサー、作曲家、編曲家
担当楽器 キーボード、シンセサイザー

naoは元歌手のasさんと2007年に結婚し、翌年に第1子男児をもうけたが、asさんは2011年に25歳の若さで他界した。

おかもとは「彼は、私と入籍する以前に、結婚をしていた時期がありますが、決して離婚したわけではございません」と夫婦間の不和などの理由から別離したのではないことをあらためてつづり、「この3年間、彼の御両親や、亡くなられた奥様の御家族の協力の元、シングルファザーとして子育てを、本当に良くしていました。作曲家や、プロデューサーとして、自分が動きまわらないといけない中、本当に大変だったと思います」と、夫をおもんばかった。

おかもとまり、男児出産!夫・naoの前妻の子と“2児の母”に

「タレントとして“プロ”と褒められたことのないダメな私ですが(笑い)、たった15分で無事に出産し『プロだね!』と初めて褒められました」と冗談交じりに報告した。

■■naoの元奥さん、歌手のasとは??

1986年1月30日生まれ
2007年 naoと結婚・妊娠・病気を告白
2008年 長男出産
2011年 25歳で急逝

▼asは患っていた難病を告白していました

私が病気と闘い始めたのは、3歳のころです。

小児喘息で、入院してた時間の方が多かったかもしれません。

その喘息が、デビュー少し前から急に悪化して日を重ねる毎に発作の回数が増えていきました。

それにより、声帯に影響を及ぼす薬を投与しなくてはならなくなり、

歌手である私にとってはものすごい恐怖でした。

そして、そのことや、色んなことが原因で、

二年前から過喚起症候群という病気になりました。

それに平行して自律神経失調症になりました。

そして去年の夏から、新しい病気、喘息でも、過喚起症候群でもない

呼吸困難に襲われました。

例えるなら、24時間溺れているような感覚です。

その呼吸困難が一体何なのか、

名医と呼ばれるDrに何十もの病院に行って調べました。

しかし、どこに行っても「前例がない」とのことで、

いわゆる「奇病」扱いでした。

病気の名前も、薬も、成すすべもなく、救急で運ばれても何も対策がない。

そんな状態が一年弱続いて、

心にあったのは死への恐怖だけでした。

未来を失いかけました。

あるのはただただ呼吸ができない毎日だけでした。

少しづつ衰弱していき、食事も摂れなくなってしましました。

日本の医学に限界を感じ、最後の希望を信じて海外に引っ越しました。

そこで色んなことがわかり、

私と同じような病気を持っている人もたくさんいることがわかりました。

そこで出会ったDrに出会って色んなことが少しづつ分かり、

この病気は脳の疾患であることが分かりました。

(わかりやすく言うと、脳の呼吸を司る神経が痙攣する病気)

そこのDrに、日本でもアメリカと提携している医学が進んでいる病院を紹介してもらい、無事帰国しました。

7月19日に、新しい病院に通いだしてから、

何年ぶりかに、呼吸が楽になりました。

涙が止まりませんでした。

生きていることの喜び、産まれてこれたことの喜びを体中で感じました。

完治するまでは長い年月がかかってしまう病気なのですが、

今は調子が良い日は全く支障なく日常生活を送ることができます。

発作の回数も明らかに減ってきています。

長い長い苦しい日々から、やっと抜け出せた気持ちです。

まだこれからも闘病生活は続きますが、頑張っていけそうです。

海外にいるときも、入院中もできる限り、作詞のお仕事をさせていただいてました。

(そのことについては、また詳しくお話します。)

こんなに休むのは初めてなので、

歌いたくて、歌いたくてウズウズウズウズしてます。

でも今は我慢のとき。

焦らないで一歩づつ早くまた歌えるように頑張ります。

http://blog.livedoor.jp/as_as_net/

第一子(長男)とnaoとas

▼産まれた長男への曲

asとして活動終了→tamamiでの活動へ移行してから長男への曲を発表しています。

「Dear my baby」 誕生秘話
Dear my baby この歌は、我が息子貫太朗へ向けてイメージして制作しました。
普遍的な愛、そして、一番大切な人の痛みを理解できる優しい子へ成長していってほしいという想いを、切ない旋律のバラードに乗せて創りました。

▼2011年12月30日 25歳でas(TAMAMI)が急逝

出典ameblo.jp

12月18日、TAMAMIは突然の発作から呼吸困難に陥り救急搬送されました。
心配停止状態から人工呼吸器を付けて13日間頑張りましたが12月30日、家族に見守られながら安らかに天国へ旅立ちました。

naoブログ更新(2012-01-05 19:57:50)

安らかに眠れ珠美。

本当に天使そのものだった。

光のお導きだ。

これからも僕らをポラリスになって優しく照らしておくれ。

君はその短い間に生まれること、生きること、死ぬこと教えてくれた。
僕にとってこれ以上のバイブルはない。
「人生は長さじゃない。生き様だ。」


安らかに眠れ珠美。

▼倒れる前日のTAMAMI(as)のTwitter

絶望の果てに何があるのかな、、 今までも何回も絶望感に襲われてきた けど今回のはいつもと違う。 海外に逃亡も、自殺行為もする気はない。なんか、心が空っぽで、でも満ぱんで、自分でもよくわからない。 今は守るべきものがあるから、いなくなるような事は絶対しない。 全部わかってるのに。

悲しみはいつまでも続かないことも、時が解決してくれることも。また這い上がれる強さもきっと持っていることも。でも今何もする気がおきない。深い煙に覆われて、前がみえない。苦しくて、虚しくて、どうしようもない。こんなの初めてだ。

いま、息子の学芸会に来て、頑張って無邪気に踊ったり、歌ったりしている姿を見て泣けてきた。私には守るべきものがある。生きなければいけない義務がある。

発作で倒れる前日のツイート。。。

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