神作被告は’99年8月に出所。4年前に中国人女性と結婚、昨年離婚していた。「神作は日本では働けないと思い、中国で生活するために結婚したようだ。だが、離婚でそれは実現しなかった」とは、さるジャーナリストの話だ。

出所後、一時コンピュータ関連の会社に就職したが、’02年ごろからは仕事に就かず、暴力団に出入りするようになった。同級生はこう語る。

「今回の事件報道を見て、仲間と連絡を取り合いました。みんな 『やっぱりあいつはダメだったなぁ。懲りないやつだよ』 と話していましたよ」。

母親と暮らしていたのは、埼玉県八潮市の木造2階家の2階。1階に入っている設備関連会社の関係者が言う。「お母さんは髪が長くてちょっとハデめ。気さくでいい人だったんじゃないの。せがれは昼間からラフなジャージー着てて遊び人なんだなと思ったね」

向かいの商店主はこんな印象を語る。「息子さんは髪を金色に染めていました。『黄色くなっちゃったね』と言ったら笑ってましたよ。道の向こう側を歩いていても会釈するし、あの人が昔、人間とは思えないひどい事件を起こしていたなんて信じられませんでした」

母親のスナックで、ホステスを務める女性は今回の事件後、コンクリート殺人事件を知ったという。「7月5日にテレビを見てたら、『元コンクリート事件の小倉』 だって出てて初めて知ったんです。ママからは、『ばれちゃったね。今までずっとひた隠しにしてて、ただただ無理して明るく振る舞って生きてきたけど、もうどうしていいかわからない』っていうメールがきました」。
神作被告にも前の事件の“後遺症”は出ていたようだ。ホステスが続ける。

「昼間でも『ギャー』とか、『ウー』とか叫び出すことがあったって。きっと感情を抑えられなくなるのよね。譲君は、『おふくろ、俺の前にいないでくれ。いるとおふくろを殴ってしまう』って言ってたらしい。譲君もママもずっと生き地獄なんだと思う。死刑になったほうがよかったのかもしれない…」

現在、母親は店にも顔を出さず、自宅にもいない。「たぶん、車の中で寝泊まりしているんだと思います。最近、ママと会うといつも靴が同じなんです。お店に来る前にお風呂に入り、お店が終わってからもう一度入るような人ですから、靴が同じなんて考えられないんです」(ホステス)。

7月29日に母親に会った際、母親は神作被告から手渡された手紙を見せたという。「『これからは警察の世話になるようなことは二度としないから、おふくろも心配しないでくれ。しばらくの辛抱だからしのいでくれ』って書いてありました。『そんなふうに言われると信じちゃうのよね』ってママは涙を浮かべていました」(ホステス)。

一方、事件後離婚し、別の家庭を持つ父親は本誌の直撃に、「帰ってください」と繰り返し、玄関のドアを閉めた。

http://ja.yourpedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E4%BD%9C%E8%AD%B2

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