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名古屋中学生5000万円恐喝事件

名古屋中学生5000万円恐喝事件(なごやちゅうがくせいごせんまんえんきょうかつじけん)とは2000年4月に発覚した少年犯罪。中学生がいじめの概念を通り越して5000万円という膨大な被害金額を一人の中学生から恐喝で脅し取っていたことが世間から注目された。

更新日: 2014年09月29日

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名古屋中学生5000万円恐喝事件

名古屋中学生5000万円恐喝事件(なごやちゅうがくせいごせんまんえんきょうかつじけん)とは2000年4月に発覚した少年犯罪。中学生がいじめの概念を通り越して5000万円という膨大な被害金額を一人の中学生から恐喝で脅し取っていたことが世間から注目された。

救いの手、たたかう心

2000年2月15日、名古屋市の病院に1人の少年が入院してきた。少年は緑区の扇台中学3年のX君(当時15歳)と言い、顔がボコボコに腫れ、肋骨が折れるなど、ひどい怪我を負っていた。

 同じ病室には暴力団組長を父親に持つ、建築業・Yさん(当時22歳)という男性がいた。
 Yさんが少年に怪我の理由を聞くと、「タイマンで喧嘩して負けた」と答えた。しかし、Yさんにはどうしても、X君が喧嘩ではなく、一方的に激しい暴行を受けたようにしか見えなかった。なぜなら、腕や胸のあたりにタバコを押しつけた跡があり、おとなしいX君が喧嘩をするようなタイプにも見えなかったからだった。

 Yさんは十代の頃は荒れていたこともあり、他の少年を派手に殴ったことがあった。そのことで少年刑務所に入っていたこともある。当時、そのことを後悔していたYさんは、X君が自分の殴った相手と重なるような気がした。
 Yさんらは他の同室の男性2人と相談し、X君に積極的に話しかけたりした。しかし、X君は「恐喝されているんじゃないか」と聞かれても、頑なに否定し続けた。

 入院初日、同室の3人はX君の母親に「X君、暴行されて、お金をとられてるんじゃないですか?」と声をかけた。だが母親はやつれた様子で「構わないでください」という態度だった。X君には明らかにひどい暴行を受けた跡があったのだが、母親は病院にも「警察には言わないで下さい」と頼んでいた。

 2月22日、Yさんらは病院の屋上で、X君が2人の少年といるのを見つけた。仲が良い風には見えず、おそらくいじめている生徒だろうと思った。
 同室の男性が「お前ら、いい加減にせえよ!」と怒鳴ってにらむと、少年たちはオドオドして「友達なんです。見舞にきただけです」と答えた。
 Yさんは少年らにX君が誰に殴られたのかを尋ねた。彼らは「別の中学の生徒」と言ったが、嘘であることは容易にわかった。Yさんは2人の携帯電話の番号を聞き、追い返した。
 この一件を境に、X君は同室の男性たちに心を開き始めるようになり、少しずつ暴行と恐喝のことを話し始めた。

 翌日、同室の男達はX君の母親に闘うように説得した。母親もようやく首を縦に振った。Yさんは学校にも電話を入れたが、「そんな事実は把握していない」という調子で、埒があかなかった。

 YさんがX君に書いてもらったリストによると、脅し取ったとされるのは同級生ら8人だった。恐喝された回数は130回にも及び、被害総額は5207万円にもなった。中学生という年齢だから、50万円だったとしても衝撃的だが、それより2桁も違う。県内では94年に同級生から100万以上を脅し取られた末、自殺した大河内清輝君の事件があった。
 5000万円という大金を支払うことのできるX君の家庭は裕福に思えるが、実際はそうではなかった。X君は父親を3年前に事故で亡くしており、母親は夫の生命保険や預貯金を取りくずしたり、実父に頼んで1700万円を借り、金を工面していたのである。その分、一家の家庭は苦しくなる。X君が入院中の小遣いは、毎日ジュース1本分のお金だけだった。
 母親がお金を渡したり、警察に相談したりしなかったのは、子どもが殴られて帰ってくるのがたまらないからだったらしい。

 
 3月14日、X君と母親は他にも預金通帳などの証拠をそろえ、愛知県警・中署に被害届を提出。その後、4月、5月にかけて事件に関わったとされる少年達が続々と逮捕された。


http://yabusaka.moo.jp/5000kyoukatu.htm

5000万円恐喝

幸い病院の同部屋の人の助けを得られて解決に向かったこの事件であるが、もしも彼らとの出会いがなかったと考えると恐ろしい。少年たちは警察にバレそうになると、「X君を殺害しよう」と相談したほどだったし、X君の母親もこれ以上の金の捻出は苦しかったはずだ。

―恐喝事件の経過―

 98年夏ごろ、中学2年のX君は同級生A、Bが他の生徒を殴っているのを持ち、恐怖心を持った。その後、X君はAに「5000円貸してくれ」と言われて、あっさりと貸す。

 99年4月、3年生になったX君はAらのいかさまマージャンでカモにされる。
 
 6月初め、長野・車山高原方面を訪れた修学旅行の立食パーティーで、Aが自分の帽子にジュースのシミがついているのを見つけた。AはX君に「5000円払え。弁償しろ」と脅し、仲間数人で取り囲んだ。この時は教諭が止めに入った。

 6月中旬、 X君、学校を休みがちとなる。

 6月21日、A、マージャンのツケとして19万円を恐喝。X君は自分の預金通帳から金をおろし、あっさりと渡した。

 7月1日、X君は遅刻して登校。その歳に以前修学旅行で絡んでいた少年と一緒にいたため、当時の担任は自宅に電話、母親から「預金から50万円が引きおろされている」と聞かされた。
 母親と学校はX君から事情を聞く。X君は「友達に貸した」「マージャン、ゲームに使った」と話した。暴行については口を閉ざす。学校側は「あんまりひどいようだと警察に届けるように」と指示。

 7月、担任の女性教諭(40代)はX君宅の家庭訪問を続けていたが、ある日母親から「『いらんこと話すな』とXが暴れるから、もう来ないで欲しい」と言われる。

 7月、母親は同市昭和区の市児童相談所を訪れる。

 8月下旬、いかさまマージャンで10万恐喝。

 10月、「簡単に金を脅し取れる奴がいる」と市内の不良の間で噂になり、他の中学校の生徒らが恐喝に加わるようになる。

 10月中旬、先輩の土木作業員が「パチンコですってしまった。どうしてくれるんだ」とX君の自宅前で5万円を脅し取る。
 
 10月28日深夜、Aと数人の仲間はX君を公園に呼び出し、「俺達と縁を切りたいか」と、手切れ金500万円を恐喝。この金は十日後手渡された。

 00年1月20日、主犯ら400万円を恐喝。

 1月21日、主犯ら、区内のスーパーにX君を呼び出し、粘着テープを巻いて暴行。X君は鼻の骨が折れ入院。入院してからも携帯電話を使って脅した。この日は1人が300万円、もう1人が500万円を脅し取る。

 1月27日、X君の入院先にも押しかけ、500万円を脅し取る。

 2月9日、先輩2人が120万円を恐喝。

 2月14日、暴力団関係者の兄弟、羽振りの良いAに対して80万円を恐喝。

 2月中旬、主犯ら、X君を連れて長野県・白馬へにスキー旅行に出かける。旅費などはすべてX君が負担。 
 2月15日、旅行から戻ったその日に、X君に暴行を加える。X君は肋骨を折る重傷で、再び入院。

 2月下旬、X君、同室の男性らに暴行と恐喝を告白。男性が母親を説得する。、
 一方、少年達はAの家に集まり、X君と同室の男から怒鳴られたことから、「このままでは警察に知られる。殺すしかない」と話し合う。遺書を書かせて、自殺に見せかける計画を立てた。

 3月始め、Yさんは母子とともに加害者宅を回る。加害者の親達の多くはは「弁護士に相談する」と言ったり、またある親は「金を出す方がおかしい」と話す。Aは両親の前で、恐喝を認めた。

 3月14日、X君と母親、愛知県警・中署に被害届け提出。

 3月末、元担任だった女性教諭は一身上の都合で退職。

 4月5日、主犯のA、B、Cの3人が逮捕される。

 4月12日、4人目Dが逮捕。その後、5月までにAの先輩や、別の中学校の遊び仲間など10人が逮捕された。

 4月24日、田中節夫警察庁長官は、衆院予算委員会で、「被害少年や母親から相談があったものの、継続的に少年や学校から連絡を取らず、迅速に本格的な捜査を開始しなかった」と陳謝。

 5月18日、審判が開かれ、100万円を恐喝していたKの中等少年院送致が決定する。Kの両親は謝罪とともに、520万円を支払うことで示談成立。

 6月8日、名古屋家裁、主犯のAとBに「矯正機関での長期の教育を施すのが妥当」と少年院送致を決定した。

 6月9日、愛知県警は緑署長ら5人に対して、訓戒、注意などの処分。

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Aと、他の少年たち

事件に関わっていた少年は以下の通りである。

☆主犯グループ ()内は脅し取った金額
・A (1600万円) 同級生 中心人物
・B (1300万円) 卒業生
・C (930万円)  同級生

☆その他の同級生たち
・D (170万円) 同級生
・E (80万円) 同級生
・F (50万円) 同級生

☆遊び仲間(別の中学)
・G (400万円)
・H (160万円)
・I (25万円)

☆卒業生(先輩)
・J (250万円)
・K (100万円)
・L 暴行のみ(99年7月にX君を用水路に突き落とそうとした)。発覚当時17歳、アルバイト。

中学2年の後輩
・M (10万円 ※Cから分け前をもらう)

Aの知人の暴力団の兄弟
・N
・O (140万円 ※Aから恐喝)

主犯Aは、元々は弱い存在だった。小学生の頃には事故で死にかけていた動物を保護するという優しい一面もある。ややぽっちゃりしていたため、「シロブタ」というあだ名がつけられていた。中1の時には自身も上級生からカツアゲ(恐喝)され、暴行も受けていたこともあった。

 そんなAも上級生になるにつれ、変わっていった。
 X君という金ヅルを見つけてからは、Aらは毎日タクシーを呼び、パチンコやカラオケ、ゲームセンター、ヘルスに繰り出していた。パチンコで遊ぶ際には開店前にX君を並ばせるなどしていた。また学校にもタクシーで登校していたという。
 学校近辺に待機していたタクシー運転手のあいだでは、その豪遊ぶりはよく知られていた。ある運転手が「よく金を持ってるね」と声をかけたところ、少年は「パチンコ、パチンコ」と笑いながら話していた。

 A達はX君から金を取ってくることを「グッチ金融」と呼んだ。グッチはX君がタレント・グッチ裕三に似ていたことからつけたあだ名である。Aは仲間に「これ(恐喝)で一生食っていくんだ」と話していた。

 恐喝だけではない。わざと仲間の悪口を言わせてケンカをさせる。理由も無く殴る。タバコの火を押しつけるといったいじめも壮絶なものだった。

 00年2月、Aは暴力団関係者のNとOの兄弟から脅迫を受ける。ある時には刃物を突きつけられて脅されたため、「警察に逮捕されてしまおう」と強盗事件を企てるが未遂、その後は知人宅を転々とし、兄弟から逃げていた。
 
 Aは逮捕直後の取り調べにおいて、「やりすぎました」「(X君は)俺達の奴隷だった」と話す。
 反省の様子が薄いと見られていたAだが、名古屋家裁で、父親が事件後、自分の職場や自宅にいやがらせのメールや脅迫状が殺到したことなどを話すと、声をあげて泣き出した。

 主犯らはX君だけではなく、下級生からも金を脅し取っていた。この生徒は総額80万円の被害に遭っており、この捜査中に、主犯らの仲間関係からX君の被害も発覚した。

 結局、この5000万円恐喝事件で、9人が中等少年院送致、6人が保護観察処分となった。 

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無力な教育

扇台中学は事件当時、生徒数1300人。市内で一番大きい学校である。事件当時の扇台中学校では生徒同士のトラブルが頻発していた。主犯らは喫煙、バイク窃盗、無免許運転、万引、小学生への暴行、同級生に対し草を食べさせるなどのいじめを行なっていた。他の生徒にもそういうことをする者が少なからずいたようである。

 事件発覚当初の新聞記者の取材に対し、教頭は「入院したことは知っているが、いじめや暴行を受けてのものかはわからない」と話していた。

 また校長は4月6日の記者会見の席で、「ちょっとわからない」「把握していない」を連発した。しかし、「X君はいじめられていたのか?」という質問だけには「なかった」ときっぱり答えている。
 その日の午後からの会見では、学年主任と生徒指導主事の教諭が加わった。学年主任は恐喝については薄々気がついていたらしい。修学旅行の一件があったからだった。しかし、不登校となったX君のその後の指導については「きちんとやっていた」「精一杯やった」というだけだった。5000万円も取られたということは、ずるずると恐喝が続いていたからで、きちんとした指導をしていたのであれば、途中で解決することも可能だったはずだ。
 この後、校長は過労のため入院した。

 2000年6月13日、名古屋市教育委員会は、休職中の前校長(当時59歳)に減俸、教頭(当時57歳)に戒告の懲戒処分、教員4人と市教委事務局長らも文書、口頭訓告としている。

更生とは

2006年2月13日、名古屋市南区のパチンコ店「パルコ」駐車場で、売上金を手提げ袋で運ぶ従業員が2人組の男に襲われ、約1200万円が強奪されるという事件が起こった。

 この事件に関して、同年11月22日、愛知県警は同店元店長ら4人の男を逮捕。そのなかには5000万円恐喝事件の元少年(主犯格)である青山洋介、辻直樹もいた。
 この事件は店をやめて金に困った元店長が、常連客だった辻に現金強奪を持ちかけ、青山ともう1人が計画に加わり、実行したとされる。

 青山は02年8月に少年院を出た。しばらく建築関係の仕事をしたが、すぐに休むようになり、夜に出歩くようになった。事件後、素直になった青山は父親の説教を正座して聞いていたが、それでも同じことを繰り返した。
 辻の方は、青山より早く退院した後、パチンコ店を転々とし、やがて不正で玉を出す打ち子(サクラ)となった。やがて青山と再び連絡を取り合うようになり、2人のイニシャルから「AアンドT」という会社を興した。これは建築作業や解体を請け負う会社であったらしい。

 2007年3月30日、名古屋地裁・田辺三保子裁判長は「自己中心的な動機に基づく計画的な犯行で、酌量の余地はない」として、青山に懲役7年6月(求刑同8年)、辻に同5年6月(求刑同6年)を言い渡した


 最近の少年の再犯としては、綾瀬・女子高生コンクリ詰め事件の主犯の1人・神作譲が2004年に監禁致傷事件を起こして逮捕されたり、00年に母親を殺害した山地悠紀夫が少年院を出た後に2人の女性を再び殺害するなどといったケースがある。今、少年の更生について考える時期に来ているのではないだろうか。

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二重恐喝をしていた主犯格の人物のインタビュー

2009年6月23日号のSPA!には、二重恐喝をしていた主犯格の人物のインタビューが掲載された。

'00年に名古屋でおきた中学生5000万円恐喝事件を覚えているだろうか。当時、未成年による巨額の恐喝事件として世間を驚かせたが、今回、主犯に恐喝を指示していたという人物が長い服役を終え、出所した、ワルだった少年時代から、塀の中の生活まで、彼の過ごした半生と、事件の真相、そして自らの懺悔の念を吐露した!

待ち合わせの場所に現れたトモ(27歳)は、浅黒く引き締まった容貌と、獣のようにしなやかな身のこなしが特徴的な男だった。愛知・中学生5000万円恐喝事件に関しては当時、主犯格の元中学生Aは先輩の元少年Hに二重恐喝され、さらにその上に 「暴力団の兄弟」がいたと報じられた。
 - ヤクザとは関係ない。それは誤報。当時、俺らはチーマー兄弟と呼ばれてて、俺は名古屋中のやんちゃなのを30人以上集めた「レットイットビー」っていうチームの頭をやってた。その後輩にHがいて、ある日、俺にこう言った。
「カネ持ってる後輩がいるんで」ってね。それで、そいつ呼べと。
 ここで呼び出されたのがAだった。つまりトモは事件の主犯格から金品を二重恐喝していたのだ。当時を振り返り、トモは言う。
 - Aはまだ中3で、その年代ではやんちゃなほうだったんだろうけど、俺から見ればひ弱な子でした。なのにロレックスやゴローズ(高級シルバーアクセ)を身につけてたり、いいジーンズはいてたから。目立つじゃないですか。それで呼び出して、無理やり、被害者X君のところに行かせてた。「恐喝行ってこい」。それでカネ持ってきたら「もう一回行ってこい」と。「もう、お金ないって言ってます」って言っても許さず、最終的にX君は本当にお金がなくなった。それでも俺らが許さず、Aたちは震えあがって、コンビニ強盗しようって話になった。それで包丁を買ってコンビニに行ったんだけど、直前でイモ引いてブルってしまって、包丁持ったまま警察に出頭した。これが事件発覚の知られざる真相です。
 当時の報道とは違うが、これが真相だという。何回も金品を巻き上げたため、総額は正確にはわからないというが、その後、逮捕された際の起訴状には 「460万円ってことになっている」とトモ。

トモが頭を張っていたチームは、名古屋随一の繁華街・栄で最大の人数を擁し、当地の大バコで数千人が集まるイベントを何回も打った。だが、トモら自身に逮捕状が出される頃には、既にチームは自然消滅状態にあったという。
 - 仲間や後輩を平気で裏切るし、恐喝したりシバいたり、若気の至りだった。自分がやんちゃすぎて、俺、嫌われてたんです。とにかく欲望が強く。カネ、女ばかりを追い求めていた。
 逮捕状が出てから、1年近く逃亡生活を送ったという。同じく逮捕状の出た7~8人の少年たちと共同生活をしつつ、主に自動車窃盗をしていた。その間、実家前にはマスコミが集まり、家族は町内会から「出ていけ」と言われた。逃走中に連絡をとると、親は泣きながら 「体壊してないか」と言うのみだった。
 -親の悲しみも知らず、俺らはというと、相変わらずめちゃくちゃ。例えば監禁。大学生をさらって車のトランクに突っ込み、金融屋とか銀行とか回らせてカネをつくらせる。あとは余ってた盗難車で質屋に時速80kmで突っ込んで、2000万円分の商品を奪ったこともある。
 そんな逃亡生活が長く続くはずもなく、ある日、溜まり場で寝ていたところ、十数人の刑事に踏み込まれた。逮捕状は8枚あった。恐喝以外でも逮捕状が出て、計15件の罪で起訴された。捕まる前、「少年法があるから2年が最高」とタカをくくってやりたい放題したのが裏目に出た。異例の逆送措置がとられたからだ。

- 入ってからも、中で喧嘩ばっかりしていて、2年間はずっと独居房だった。塀の中はとにかく辛かった。たった1mmか2mmのアクリル板の向こうでオカンが泣いていても手を触れることができない。1mmのアクリル板は凄く重い。それで、考えたんです。刑務所で無駄に過ごす時間がこれほどあるんだから、出た後の人生を最高のものにしたい。そのために必要なのは何だろうって。考えた結果「仲間と共に生きること」でした。塀の中ではお金のやり取りが一切ないし、損得もない。その中で何が大事かが見えてくる。必要なのはハートだけなんですよ。刑務所の中でも上下関係はあるけど、表での地位や年功序列でなく、ハートが強い人間がトップに立つんです。
 これに気づいた瞬間、トモは変わった。頻繁に起こる房内の揉め事に、多くの受刑者が仮釈放を取り消されるのを嫌い無関心でいるなか、あえて揉め事の中に割って入り、解決に導こうと考えた。
 - 力で黙らせるのは簡単。力以外で喧嘩を止めたければ、自分が間に入って犠牲になればいい。そんなに喧嘩がしたいなら、俺をどつき回せと。実際そんなことは言いませんけど、俺はいつも体を張って犠牲を払ってきた。
 そうするうちに、気づけば年長者やヤクザを差し置いて、洋裁工場の責任者になっていた。だが、この境地に一人で辿り着いたわけではない。導いてくれたのは、逃亡生活を共にし、捕まった3歳年上の先輩であるUというボスだった。
 - ボスは俺が生まれて初めて、敵わない、と思った男です。当時俺らは完全にアウトローだったけど、ボスは不良なのにルールを持っていた。だからこそ厳しい人間なんですけどね。美学があった。
 6年の獄中生活を経て、昨年9月に出所した。「カラーになってテレビまで見れるようになった」携帯電話に、隔世の感を味わったが、一足先に出所したボスは借金をして会社を立ち上げ、同じく獄中生活を経験した仲間たちの更生のため、会社を用意してくれていた。その会社は、いまや建設や派遣、飲食と手広く展開するグループ企業にまで成長していた。
 - 社員はみんな元アウトロー。ボスは「日本一の社会人になれ」と言う。社員が信号無視したりタバコをポイ捨てするのを許さないほど厳格です。社会で真っ当に勝負しようと思っても、俺らにはテクニックはないし、弱さに負けて詐欺をするかもしれない。でもそれをカバーするのがハート、仲間に対する思い。仲間にいい思いさせたい、家族にも楽させたい。ボスは中学もマトモに出てないけど、それでも成功しているのは、やっぱり人に好かれて、人を集められる人間だから。どんなに頭が良くても、ハートで人を集められる人間じゃなければダメだと学んだ。
 そんなボスの膝元である名古屋を離れ、単身、上京したのは 「地元にいたら、甘えてしまう。自分一人の力を試してみたかった」から。現在、飲食店の開業準備をしつつ、自伝の出版を準備中だ。
 - 獄中で8年間、夏は汗びっしょりになりながら、冬は手をかじかみ書いたもの。XやAに対する謝罪の言葉、そして当時の仲間に対するゴメンという気持ち、家族への感謝の思いを綴りました。
 「捕まって、本当によかった」と言うトモ。札付きのワルから、社会人へと更生した彼の再チャレンジはいま、始まったばかりだ。

http://personalsite.liuhui-inter.net/aoiryuyu/200005nagoyakyoukatsu3.htm

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