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高級娼婦の豆知識【近代フランス】

19世紀フランスパリの裏社交界の花形だった高級娼婦。ただの娼婦とは違う彼女たちの成り立ちと生活を紹介。

更新日: 2014年08月02日

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cobaltblueさん

高級娼婦とは?

1.高級娼婦(クルティザンヌ ドゥミ・モンデンヌ)
2.公認娼家の公娼
3.自家営業の公娼
4.登録していない私娼

2と3は警視庁に出頭して健康診断を受け、リストに登録したのちに営業する。梅毒の蔓延を防ぐため。
4は非合法の娼婦で最もランクが低い。

1の高級娼婦は非合法にも関わらず、一番上のランクに位置する。
なぜなら一度でも公娼をすると「汚れた娘」になり、高級娼婦への道は閉ざされてしまうからである。

美貌はもちろん、
エスプリ(知的なジョーク)がきいた話術、
豊富な知識で客を飽きさせないのも重要。
文学、音楽、美術、ファッションに精通していること。

男性客たちは、上品かつ退屈な妻にない楽しみを、彼女たちに求めているからである。

そのぶん、彼女たちへ支払う金額は公娼などとは比べ物にならないほど高い。

身分の低い庶民の少女でも、条件を満たせば、貴婦人と変わらない生活を送れる可能性を秘めていた。

一度でも公娼になれば道が閉ざされるため、始めが肝要になる。

親が娘の美貌を見出したら、まずはお妾さんとして裕福な親戚や知り合いへ奉公させる。
そこで作法や器量を磨きつつ、さらに上のパトロンを探す。

上流階級の紳士に近づける環境――社交界へ出入りできるのが最終目標。

面倒を見る親や、パトロンへの伝手がないときは、まず端役女優としてデビューする道もある。

バレエやオペラで初舞台を踏んだ時、観客である紳士たちが好みの女優を見つけて契約する。
初舞台=未経験であるため、高級娼婦になる近道であった。

パトロンを得た彼女たちは、社交界へ顔を出すようになる。フランスでは庶民であろうと、財力と美貌とエスプリがあれば貴婦人として扱われる。
パトロンだけでなく、社交界で知り合った紳士や貴婦人たちと交流を深めた。

小説ナナでは、晩餐会に社交界で知り合った著名人たちを招く様子が描かれる。招待主が高級娼婦であろうと、客人たちはこぞって参加することで、社交界での話題を作るのである。

成功すれば、招待主の名が上がるが、客人たちが不満になって失敗すると、社交界でのランクが下がってしまうため、彼女たちは必死だった。

晩餐会やサロンだけでなく、オペラ鑑賞や競馬観戦も社交界の一種である。

夏になると郊外に買った別荘に招く客人たちも、社交界で知り合った紳士や貴婦人だった。

どの社交場も誰を招待するかによって、成功するかしないかが決まるため、交流する相手を見極める才能も高級娼婦には必要だった。

ちなみに貴族や大富豪といった身分や財力よりも、上質なエスプリや時の話題になる客人が人気だった。

彼女たちを買いたい紳士へ斡旋する職業があった。かつては小間物屋を営む女主人で、酒場へ出入りしたのが始まりだったといわれている。

大抵はやり手の老婦人で、その身なりは上流階級の令夫人のようであった。
斡旋業の老婦人は客から要望があると、リストにある高級娼婦をたずね、不倫場所の高級アパルトマンを用意した。パトロンを持っている高級娼婦だが、散財がひどく困窮してしまうと、斡旋業の老婦人を頼って臨時収入を得ていた。

そんな高級娼婦たちも歳をとって容姿が衰えると、公娼へと転落し、貧しく惨めな最期を迎えた者も多かったという。

有名なフランスの高級娼婦たち

『第二帝政期のパリの舞台で、紳士淑女の前で猥褻な姿で登場した新人女優ナナは、観客たちをたちまち魅了する。高級娼婦となり、上流階級の男たちを虜にして次々に破滅させてゆくが、突如失踪して半ば伝説の存在となる。普仏戦争の直前に、若くして天然痘にかかり最後は醜い姿と化し、ほとんどの人々に知られぬままパリで亡くなる。』
Wikipediaより引用

有名なエミール・ゾラの小説の主人公。
コーラ・パールがモデルといわれている。

http://silvernote.seesaa.net/article/237125481.html感想

19世紀フランス第二帝政期の花柳界・社交界で著名だった高級娼婦、舞台女優。イギリス出身。

皇帝ナポレオン3世の弟モルニー公や従兄弟ナポレオン公など、フランス宮廷の要人達の愛人となり、豪奢な生活を送った。

詳細http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB

パリで最も美しく最も悪名高い高級娼婦の一人である。小説『失われた時を求めて』の登場人物、「オデット」のモデルといわれている。

16歳で結婚するも夫の暴力に耐えられず、シャルル・ド・マクマオン侯爵と不倫。夫に見つかり、パリへ逃亡したのち、女優そして高級娼婦になる。

1920年、リアーヌはグルジアのプリンスであるジョルジェ・ギカと結婚し、プリンセス・ギカとなった。
しかし大戦で息子が戦死し、修道女アンヌ・マリーとしてドミニコ会第三会会員になった。

1840年代のフランス・パリのドゥミ・モンド(裏社交界)の花形であった女性。アレクサンドル・デュマ・フィスの小説『椿姫』のヒロインのモデルとして知られる。

ノルマンディーの行商人の娘として生まれ、不幸な少女時代を過ごしたという。パリの裏社交界では、その身分にそぐわぬ気品ある美貌と、読書を好み美しい言葉を話す知性と教養ある女性として、たちまち花形に上り詰める。アレクサンドル・デュマ・フィス、フランツ・リストの他、多くの知識階級や上流の男性達と浮き名を流す。が、肺結核に冒され、23歳の若さで世を去った。

wikipediaより引用

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