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史記 - 難攻不落、秦の函谷関

秦の函谷関を地図や写真でご紹介いたします。 #史記 #秦 #函谷関 #歴史 #春秋戦国 #合従 #キングダム #中国

更新日: 2016年09月02日

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chakenji106さん

函谷関

“中国,河南省西部にあった関所。長安・洛陽間の要衝。
http://kotobank.jp/word/%E5%87%BD%E8%B0%B7%E9%96%A2

“3層の楼閣2棟があったという。
“楚漢戦争で項羽軍に破壊されたが、2000年以上経過した1992年に復元された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BD%E8%B0%B7%E9%96%A2

“これは、戦国時代の主な都市の位置に、現代中国の主要幹線道路を重ねてみた図である。
“参考資料
“『中国歴史地図集(1)』『最新実用中国地図册』(ともに中国地図出版社)、『標準高等社会科地図』(帝国書院)。
http://www.h3.dion.ne.jp/~soramimi/yawa/yawa_03.html

左下あたりに函谷関があります。

グーグルマップ
https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&ll=34.638363,110.924867&spn=0.004837,0.010568&brcurrent=3,0x0:0x0,0&t=h&z=17

南北に伸びる台地があり、その中に東西に伸びる峡谷があります。峡谷が古道になっていて、この峡谷の東端に函谷関があります。

東側から西を見ています。
関の両側は崖になっています(写真には入りきっていませんが)
関の奥は峡谷になっていて、咸陽へ行く道が通っています(函関古道)。

函関古道

東側から西を見ています。
道が函(はこ)の底にある感じです。

西側から東を向いています。
崖の下に函関古道、その先に函谷関がうっすら見えます。

補足1 二つの函谷関

函谷関は、二種類あります。
一つは、旧関(秦関、古函谷関)。
もう一つは、新関(漢函谷関、新安函谷関)です。

“もと現在の霊宝県にあったが,漢の武帝の時,東方の新安県に移した。
http://kotobank.jp/word/%E5%87%BD%E8%B0%B7%E9%96%A2

“旧関
“戦国時代(紀元前361年)、
“現在の三門峡・霊宝市函谷関鎮)に作られた。

“新関
“前漢の時代(紀元前144年)に、
“現在の洛陽市新安県城関鎮)に新しく作られた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BD%E8%B0%B7%E9%96%A2

補足2 出来事

“紀元前361年
“作られた
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BD%E8%B0%B7%E9%96%A2

“紀元前299年
“鶏鳴狗盗
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%9F%E5%98%97%E5%90%9B#.E9.B6.8F.E9.B3.B4.E7.8B.97.E7.9B.97

“紀元前241年
“楚の春申君が五箇国の合従軍を率いるも函谷関で敗走
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%A6%E7%85%96

おまけ リンク

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