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【競馬】レース中の事故などで殺処分された名馬たち。

レース中の事故などで殺処分(安楽死)された名馬たちを紹介します。(JRA)

更新日: 2016年09月12日

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toystory2002さん

【予後不良】

競馬における予後不良(よご ふりょう)とは、主に競走馬が競走中や調教中などに何らかの原因で主に脚部等に故障を発生させた際など、回復が極めて困難で、薬物を用いた殺処分の処置が適当であると診断された状態を言う。
転じて、競走馬への安楽死処置そのものに対する婉曲的表現として用いられる場合も多い。特に、競走中の骨折等を原因として予後不良に到る場合は「パンク(する)」と表現されてきた。

【予後不良となった名馬たち】

中央競馬において、デビュー年の1964年に5連勝を挙げて啓衆社賞最優秀3歳牡馬を受賞、翌1965年のクラシック戦線ではダイコーターとライバル関係を築き、東京優駿(日本ダービー)に優勝して最優秀4歳牡馬と最良スプリンターに選出された。1967年に出走した阪神大賞典の競走中に左前脚を脱臼し、予後不良と診断されて安楽死の措置がとられた。故障発生後、自身の苦痛をおして馬場上で昏倒する騎手・山本正司の様子を気遣うような仕種を見せたことが、美談として取り上げられている。

1975年8月に競走馬としてデビュー。関西のクラシック候補として注目を集め、額の流星と栗毛の馬体の美しさから「流星の貴公子」と呼ばれた。クラシックでは無冠に終わったが、5歳時に天皇賞(春)と有馬記念(第22回有馬記念)を優勝した。後者のレースでトウショウボーイと繰り広げたマッチレース(2頭にグリーングラスを加えたTTGの三つ巴の戦いとして取り上げられることもある)は競馬史に残る名勝負のひとつといわれる。1978年1月に国外遠征に向けての壮行レース(第25回日本経済新春杯)中に骨折し、43日間におよぶ治療の末に死亡した。

「流星の貴公子」と呼ばれ人気を博した1977年の中央競馬年度代表馬・テンポイントの全弟として期待されながら、平地競走では1勝のみに終わったが、障害競走に転向後素質が開花し、1982年に春秋の中山大障害を連覇。同年の優駿賞最優秀障害馬に選出された。しかし1984年春、中山大障害の競走中に右前脚を骨折し、予後不良と診断されて安楽死処分となった。

1983年の第43回桜花賞など中央競馬の重賞競走で3勝を挙げたが、1985年スワンステークスの競走中に故障を発生し、予後不良と診断されて安楽死となった。主戦騎手は猿橋重利。

1985年優駿牝馬(オークス)を制し、数多くの珍名馬を所有していることで有名な小田切有一に初めてのクラシック競走制覇をプレゼントした馬である。主戦騎手は音無秀孝(現・調教師)。

1987年の皐月賞、菊花賞に優勝した二冠馬。同年の年度代表馬およびJRA賞最優秀4歳牡馬(旧称。現在のJRA賞最優秀3歳牡馬)。
生まれて間もなく母を失ったという出自、6か月半の休み明け・9番人気で臨んだ菊花賞での劇的な勝利、直後の有馬記念での悲劇から過酷な闘病生活を経て安楽死に至るまで、今なおその名は悲運の名馬として競馬ファンに語り継がれている。

1992年の菊花賞、1993年・1995年の天皇賞(春)など、中央競馬の長距離GI競走に優勝した。また、菊花賞と1993年の天皇賞(春)では、それぞれミホノブルボンのクラシック三冠、メジロマックイーンの同競走三連覇を阻止し、「刺客」などの異名を取った。主戦騎手は的場均。1995年に出走した宝塚記念の競走中に骨折、予後不良と診断され安楽死となった。同年、JRA賞特別賞を受賞。

第55回桜花賞優勝馬である。
1996年1月28日、京都牝馬特別に出走したパヒュームは予後不良となり、安楽死の措置が採られた。

1993年エリザベス女王杯勝ち馬。1996年JRA賞最優秀ダートホース、NARグランプリ特別表彰馬。1997年、第2回ドバイワールドカップ、ホクトベガは最終コーナーで、主催者発表によれば「馬場のわずかなくぼみに左前脚をとられて」転倒し、競走を中止。さらに後続のビジューダンド(Bijou d'Inde)が巻き込まれる形で追突、ホクトベガは左前腕節部複雑骨折により予後不良と診断され、間もなく安楽死処置を受けた。

おもな勝ち鞍は1998年の宝塚記念。同年6連勝で臨んだ天皇賞(秋)において故障を発生し、予後不良と診断され安楽死処分された。大逃げというレーススタイルで注目された馬である。

シンボリインディはアメリカ合衆国で生産され、日本で調教された競走馬。NHKマイルカップ、京成杯オータムハンデキャップなどを制した。
2001年4月1日、ダービー卿チャレンジトロフィーの発走直前にゲートに入ったところ突然暴れだし、ゲートをくぐって出てしまった。その際に右下腿骨開放骨折を発症。完全に折れ、脚を地面に着くことができないほどの重症で、予後不良と診断され、安楽死の処置が取られた。

おもな勝ち鞍は2011年中山大障害、東京ハイジャンプ、東京ジャンプステークス、2012年中山グランドジャンプ。馬名は威厳、尊厳+冠名。
2013年11月30日のイルミネーションジャンプステークス、最終障害で転倒し落馬競走中止。右前浅屈腱断裂と診断され、予後不良となり、安楽死処分となった。

アポロマーベリック(Apollo Maverick)は、中央競馬に所属していた競走馬。馬名は冠名であるアポロ + アメリカの空対地ミサイル名より。障害競走で顕著な活躍を見せ、障害重賞は2013年に東京ジャンプステークス(J.GIII)と中山大障害(J.GI)、2014年に中山グランドジャンプ(j.GI)を制覇している。功績が認められ「最優秀障害馬」を2013年と2014年の2年連続で受賞している。
2015年中山大障害に出走し3番人気に推されるも、2周目5号障害(いけ垣)手前において左第3中手骨開放骨折を発症し競走中止。予後不良と診断され安楽死となった。

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