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東京都内|戦争遺跡・戦争跡まとめ

都内各地・近郊の戦争跡や戦争遺跡の情報をまとめました。

更新日: 2015年11月13日

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戦争遺跡(せんそういせき)は、戦争の痕跡、戦跡、戦蹟。戦争のために造られた施設や、戦争で被害を受けた建物などで、現在もそのままないし遺構として残っているものを含む。かつての戦争の時代を物語る遺跡であり、後世に伝えることで歴史の生きた教材になりうる。

旧日本陸軍麻布歩兵第三連隊兵舎跡地(港区六本木:国立新美術館)

国立新美術館別館は当時の麻布歩兵第三連隊兵舎の面影を一部残している。旧陸軍施設としては初の鉄筋コンクリート造りの兵舎建築だった。

当時の兵舎全体図がミニチュアとして施設内に展示されている。

日立航空機立川工場変電所(東大和公園)

銃痕が生々しく残っている。

航空機のエンジンを生産する軍需工場へ送電する変電施設として1938年(昭和13年)に東京瓦斯電気工業株式会社変電所として作られた。
1945年2月17日、F6Fヘルキャット戦闘機、4月19日、P-51ムスタング戦闘機らによる機銃掃射、4月24日にはB-29100機の編隊による空襲により被災。

It made substation facilities as 1938 for transmission to the munitions factory to produce aircraft engine ( 1938 ) as Tokyo Gas Denki Kogyo Co. substation .
2月17日年1945, F6F Hellcat fighter , April 19 , strafe by the P-51 Mustang fighter , et al. , In the April 24 by the air raid by the formation of B-29100 aircraft disaster .

陸軍第九技術研究所(登戸)

登戸研究所は、戦前に旧日本陸軍によって開設された研究所です。秘密戦兵器・資材を研究・開発していました。

Noborito Institute is a research institute that was established by the Imperial Japanese Army before the war . We were researched and developed the secret war weapons and materials .

東京大空襲で焼け残った電柱(台東区三筋)

昭和20年3月の大空襲でこの辺りは火の海となりました。
その時 焼け残った電柱が今でも残されています。
現在は陶製の複製品で、実物は江戸東京博物館(両国)に保管されているそうです。

府中通信施設

1940年(昭和15年)に旧陸軍燃料廠として設置された施設であるが、1945年(昭和20年)9月に接収されアメリカ軍施設としての使用が始まった。

立ち入り禁止ですが、フェンス越しに外から中を見ることは出来ます。

焼夷弾の弾痕の残る大和田橋(東京都八王子市)

大和田橋の舗道にはこのときの八王子空襲でできた焼夷弾の弾痕が残っています。*車道部分の弾痕は過去の補修で消滅しました。

国道交通省は太平洋戦争の爪跡を永く後世に伝えるため、この大和田橋舗道に残された焼夷弾の弾痕17カ所を保存しています。

貨物船宗谷(品川区船の博物館)

宗谷"は昭和13年耐氷型貨物船として建造され、太平洋戦争を経験。

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