東日本大震災の発生直後、山口組と住吉会は、東京都の事務所を帰宅困難者に開放し、同時に支援物資を自ら調達し被災地にトラックで送っている。稲川会神奈川ブロックは茨城と福島の放射線汚染地域に70台の救援物資を満載したトラックを送り込んだ。このときは防護服やヨウ素剤なしに身を挺して汚染地域に入っていったことになる。

同時に閉鎖された高速道路を使わずにトラックでひたちなか市へ50トンの支援物資を市役所に届けるなどのボランティア活動を展開した。この際、暴力団であるというだけの理由で、篤志が受け入れられないことを危惧し、身分を明かさないといった気遣いに努めている。

このような災害支援は1995年の阪神淡路大震災から始まっており、この当時は国民による災害ボランティアも一般的でなかったが、山口組は最も早い時期に態勢を整え被災地で支援を開始している。 これらのボランティア活動に対して国内のメディアでの報道は寡少で、むしろ外国のメディアで報道され、それが翻訳されて紹介されているという例が多い。

一方受け手の一般社会もこれに対しどのように対応すべきか、戸惑い、様子見の現状にある。

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