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長崎原爆の日 広島との意外な違いは?投下直後の写真

長崎は9日、原爆が投下されてから69年となる「原爆の日」を迎えました。当時の被曝の状況を伝える白黒写真と、ナガサキの原爆について意外にも知られていない事実についてまとめました。

更新日: 2017年08月16日

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justin_nyさん

長崎は9日、原爆が投下されてから69年となる「原爆の日」を迎えました。

原爆投下時刻の午前11時2分に「長崎の鐘」が鳴らされ、参列者全員で黙とうし、犠牲者の冥福を祈った。

参列した約5600人の被爆者や遺族らが犠牲者を悼んだ。また安部総理大臣、アメリカのケネディ駐日大使、イギリスやインドなどの核保有国を含めて、51カ国の代表が参席。

長崎市の平和公園では前日の8日夜、市内の小中学生が作った約5千本のキャンドルが並べられ、火がともされた。平和へのメッセージが書き込まれており、祈りに包まれた。

▼長崎原爆の被害と特徴

一発の兵器により当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約14万9千人が死没、建物は約36%が全焼または全半壊した。

広島に投下されたウラン235の原爆「リトルボーイ」(TNT火薬15,000t相当)の1.5倍の威力であった。

長崎型の原爆は、威力として広島型の1.5倍と言われ、また長崎型はプルトニウムの物性に由来する毒性の強い原爆と言われている。

長崎市は周りが山で囲まれた特徴ある地形であったため、熱線や爆風が山によって遮断された結果、広島よりも被害は軽減された

長崎のほうが山に囲まれた地形だったため、爆弾自体は1.5倍の威力があったが、実際の被害は少なくなった。

▼当時の被曝状況を伝える写真

▼意外にも①:長崎は、小倉の代わりに標的になってしまった

原爆投下作戦命令書には、攻撃する日を「8月6日」にすること、第1攻撃目標を「広島市中心部」、第2攻撃目標を「小倉市中心部」、第3攻撃目標を「長崎市中心部」とし、

長崎はあくまでも第三の攻撃目標だったようだ

長崎が原爆投下目標に選ばれたのは、戦艦「大和」と同型の「武蔵」を造った三菱造船所があったこと、ハワイの真珠湾攻撃時に使用された「魚雷」を造った三菱兵器製作所(兄が学生の身で勤労奉仕場所:後述)があったことなどと言われている。

8月9日、第2攻撃目標である九州小倉に向かったボックスカーは、天候のために、目標を第3攻撃目標である長崎に急きょ変えなければならなくなったのです。

小倉が悪天候だったがために、長崎が被曝することに…

▼意外にも②:ヒロシマの方が世界で知られている?

どうしてもヒロシマが人類最初の被爆地で、ナガサキの方が知名度が低いという印象もあるようだ。

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