本能寺の変がおこり信長が殺されると,それまで信長サイドで動いていた北条氏政・氏直父子が上野の奪回に動き出し,武蔵・上野の国境を流れる神流川で両軍の戦いがおこり,一益は完敗して本領の伊勢長島に逃げ帰った。結果的にはこの行為がその後の一益の一生を決めたことになる。信長の後継者を決める清洲会議に一益は出席できず,この席上豊臣秀吉と対立した柴田勝家と共同行動をとることになったが,勝家が賤ケ岳の戦で敗れ,織田信孝も自刃させられたあと,北伊勢5郡を秀吉に差し出して降伏。秀吉は一益の子一時に1万2000石を与えて家督を継がせている。

出典滝川一益 とは - コトバンク

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