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【五輪最大の悲劇】ミュンヘンオリンピック事件とは

西ドイツのミュンヘンでパレスチナ武装組織「黒い九月」により行われた人質事件。実行グループの名前から「黒い九月事件」とも呼ばれる。ミュンヘンオリンピック開催中に発生し、イスラエルのアスリート11名が殺害された事件として知られる。

更新日: 2018年11月26日

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romonさん

オリンピックにテロリスト侵入

ミュンヘンオリンピック期間中にパレスチナゲリラ「黒い九月」がイスラエルの選手村を襲撃する事件が発生。

イスラエル選手団のレスリングコーチとウエイトリフティングの選手を殺害した後、9人を人質にした。

彼らはイスラエルに収監されているパレスチナ人の解放を要求した。

黒い九月

黒い九月はパレスチナの過激派組織。数々のテロ事件を引き起こした。

ヨルダンに拠点を置いていたパレスチナ解放機構(PLO)の過激な行動に手を焼いた同国のフセイン国王はPLOの武力追放を決定。

パレスチナ解放機構…イスラエル支配下にあるパレスチナを解放することを目的とした諸機構の統合機関(wikiより)

1970年9月のヨルダンによる弾圧にちなんで命名され,フセイン国王への報復を唱えて結成された。

人質解放計画

イスラエルはイスラエル軍による事態解決を西ドイツに打診するが、西ドイツの法律は外国軍の国内での活動を制限していたこともあり、西ドイツ側は自国で対応するとして拒否した。

西ドイツ当局は、一味との長時間に渡る駆け引きの末、表向き彼らを空港に用意した飛行機で国外脱出させることに。真の目的は、空港で一味を狙撃し、人質を解放する作戦だった。

作戦失敗

犯人と人質を乗せたヘリコプターが空港に着陸。犯人たちは用意された飛行機内に誰もいないことを不審に思い、ヘリコプターへ走って逃げた。

その時、狙撃手の1人が発砲し副リーダーは太ももを負傷したが、リーダーがヘリコプターまでたどり着き、双方が応戦を始めて銃撃戦になった。

救出は失敗し、銃撃戦の末、人質9人全員とゲリラ5人、警官1人が死亡する大惨事となった。

残り3名の犯人は逃走を図るが、その後逮捕された。

映画「ミュンヘン」での作戦シーン

その後

イスラエルではオリンピックの中止を求めるデモも起きたが、反ユダヤ的言動で知られたアベリー・ブランデージIOC会長により続行が指示された。

これを機に選手村の警備が強化され、関係者以外の出入りができなくなった。

事件以後、イスラエルによるPLOへの報復攻撃とそれに対するPLOの報復テロが繰り返されている。

事件を題材にした作品

72年のミュンヘン・オリンピックを襲ったアラブテロリストと、ミュンヘン警察当局の緊張の21時間を描いたリアルサスペンスアクション。
(amazon紹介文より)

ミュンヘン五輪開催中の9月5日未明、武装テロリストがイスラエル選手団を人質にとる前代未聞の事件が発生。交渉役となった婦人警官アナは犯人説得にあたるが、事態は悪化の一途をたどる。
(amazon紹介文より)

スティーヴン・スピルバーグ製作、監督。
映画は1972年のミュンヘンオリンピック事件と、その後のイスラエルによる黒い九月に対する報復作戦を描く。この映画公開にあたり、テロ犠牲者の遺族は「悲劇を伝える良作」と歓迎する一方、当時のイスラエル関係者からは「事実と違う」などの批判が続出した。
(wikiより)

・画像はイメージも含みます

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