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【シリア】少し前まで観光地として栄えていた…古都アレッポって、どんな街だったの?そして現状は?

シリア情勢をめぐり、日本の民間軍事会社のCEO、湯川遥菜氏がアレッポ郊外で拘束された事件は記憶に新しい。そんな状況もあって、現在ではシリアには立ち寄ることはできないと考えてよいだろう。しかし、そんなシリアでも、情勢が安定していたときは、観光地として栄えていたのです。

更新日: 2014年08月25日

shiro05さん

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現在の情勢では旅行に出かけることは困難なシリア。しかし、ちょっと前までは「観光地」だった

・シリア情勢をめぐり、日本の民間軍事会社のCEOがアレッポ郊外で拘束された事件は記憶に新しい。そんな状況もあって、現在ではシリアには立ち寄ることはできないと考えてよいだろう。しかし、そんなシリアでも、情勢が安定していたときは、観光地として栄えていたのです。古都アレッポの、観光地としての側面とは。

シリアの古都アレッポは、中央アジア、メソポタミア、ヨーロッパ、エジプトをつなぐ要衝にあり、古来世界の文化交流の中心として繁栄した。

・メソポタミア文明やエジプト文明の影響を受け、それ以降半万年の歴史がある。ヒッタイト(現在のトルコ~シリアにかけての地域)の記録にも記されているほど古い歴史を持つ町なのです。

1986年にはアレッポ市街は世界遺産に登録された

・本来なら、世界遺産として貴重な町なのですが…。

アレッポ城は古代と中世の両方の歴史を物語る貴重な建造物だった

紀元前10世紀に丘の地形を利用して築かれた神殿があった

・日本の卑弥呼の登場より1000年以上も前の話です。

12世紀に十字軍の侵攻を防ぐため
要塞として改築された

・難攻不落の城として知られてきたといわれています。

1095年、聖地エルサレム奪回を目指す第1回十字軍がトルコのアナトリア高原を横断して西アジアに侵入。丘の上の神殿跡はアレッポ城として改築され、攻撃に備えた。

・十字軍の侵攻を防ぐため、要塞として改築された。宗教の共存の地の側面を持つ町であったとともに、宗教対立の最前線でもあった歴史を持つ。

・ちなみに十字軍の侵攻は、現在に至るまでの宗教対立を語る上で欠かせない歴史的な出来事でもあります。

市場巡りの場所として「スーク」が有名だった

紀元前より続くスークで、石とレンガ造りの建物はギリシア・ローマ時代のものも残っている

・増改築を繰り返しながらも、歴史を保っている。

細い路地の両側に無数の店が並び
生活に必要なありとあらゆるものが売られています

・古代からそれぞれの地域の文明の「交差点」でもあった。交通の要所だったことから、商業が発達したと考えられる。

紀元前2000年頃には、これらのオイルに木の灰を加えて石鹸を作っていた。アレッポ石鹸は現在でも添加物や香料を使用せずに製造する。石鹸屋にはアレッポ石鹸が数十種類も並んでいて、大きな塊を好みの大きさにカットして売っている。

・アレッポ石鹸はみやげ物としてあまりにも有名です。

しかし最近の内戦で、貴重な歴史的建造物は大きな被害を受けてしまった…。

かつてシリアの商業中心地として栄えたアレッポの街は、2年に及ぶ砲撃で変わり果てていた。

・「ここは地獄」…といわれるほどにまで、街並みも治安も変貌してしまった。

2012年9月28日に政府軍と反体制派の戦闘によりスークにて火災が発生。700軒から1000軒が被害を受け、歴史的な店舗の大半は消失した

・戦争状態の中で、人々は大切なものを失っていることに、なぜ気づけないのだろうか。悲しすぎます。

「アレッポ城の城壁には迫撃砲の攻撃の跡が残っています。」

・世界遺産の危機…。私たちがアベノミクスに浮かれていた2013年時点で、シリアは既にこんな感じだった。

シリアの世界遺産は、『危機にさらされている世界遺産』に指定されたことで、今後修復のためユネスコから財政的支援などを受けることができるようになりますが、激しい内戦が続く中で、すぐには支援が難しいのが現状

・戦争によって、貴重なものが失われる。悲しすぎる現状がそこにはあります。

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shiro05さん



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