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【国内】日本陸海軍の現存機が見られる場所まとめ【戦闘機・爆撃機etc】

国内で第二次世界大戦(太平洋戦争)時の日本軍レシプロ軍用機が見られる展示場所をまとめました。戦闘機、爆撃機、水上機、練習機など。現存するものは少なく、国内で見られる実機はどれも貴重です。あくまで実機のみで、実物大レプリカ(知覧の一式戦闘機隼や各地にあるレプリカ零戦)については本稿では除外しています。

更新日: 2020年02月07日

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holy777さん

目次

青森県 :県立三沢航空科学博物館
埼玉県 :航空自衛隊入間基地 教育講堂 修武台記念館
埼玉県 :所沢航空発祥記念館
東京都 :靖国神社 遊就館
東京都 :国立科学博物館
山梨県 :河口湖自動車博物館
静岡県 :エアパーク航空自衛隊浜松広報館
岐阜県 :かがみはら航空宇宙科学博物館
愛知県 :大江時計台航空史料室
広島県 :呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム
愛媛県 :南レク馬瀬山公園 紫電改展示館
福岡県 :大刀洗平和記念館
鹿児島県:知覧特攻平和会館
鹿児島県:万世特攻平和記念館
鹿児島県:航空自衛隊鹿屋航空基地資料館

陸軍の高等練習機。2012年9月に十和田湖から引き上げられた機体。1943年に墜落した機体と見られている。保存状態は良好で、日の丸や各種塗装なども見ることが出来る。

大戦末期に実用化された特攻兵器。爆撃機によって敵艦隊近くまで運ばれ、切り離された後は乗員の操縦で敵艦につこんだ。
教育講堂館内に展示されているが、残念ながら一般の人は見学会などで開放される時のみしか観られない。
戦後米軍が保管していたものが返還され、自衛隊内の有志による復元が行われた。

日本陸軍初の単葉戦闘機であり、初の独自設計による戦闘機。パラソル翼が特徴で1932〜35年ごろの主力戦闘機であった。
展示機は解体状態で展示されている。
この時期の軍用機はほとんど残っておらず、戦中の戦闘機への発達系譜を考える上でも大変貴重な機体。

大戦中の海軍主力戦闘機。日本を代表する名機として今もファンは多い。
本機は河口湖自動車博物館にて三菱重工の協力のもとに復元され、2002年から靖国神社玄関ロビーに展示されている。

大戦中期以降に主力となった海軍艦上爆撃機。最新技術を詰め込んだ高性能であったが、整備の難しさにも悩まされた。
こちらは国内唯一の彗星の現存機。ドイツのDB601エンジンをライセンス生産したアツタ32型エンジンと共に展示されている。
(写真上の特攻機桜花は実物大レプリカ)

1944年にラバウル航空隊が撤退した後、現地に残った部隊で数機の零戦を組み合わせて複座の偵察機に改造したもの。
エンジンカウルが外されて展示されており、栄エンジンの様子がよく分かる。偵察機に改造されたため、胴体下部にカメラ窓が付いている。

零戦が3機も収蔵されているのは世界でもここだけ。また、オリジナルの栄12型エンジンを搭載した零戦二一型が見られるのもこの場所だけ。
二一型の内1機は外板を貼らずに骨組みの状態で展示されており、内部構造がよく分かるようになっている。

日本軍の太平洋戦争緒戦を支えた陸軍主力戦闘機。
日本で隼を展示しているのはこの河口湖自動車博物館・飛行館のみ。
河口湖博物館では英国から買い取った同機の残骸から修復作業を行っており、2017年を目処に完全復元させる予定。2016年現在、胴体前半部と翼が展示されている。
また隼2型の残骸も1機分保有しており、時期は未定だがこちらも修復を目指しているとのこと。

太平洋戦争時の海軍主力双発攻撃機。
胴体のみだが、国内で往時の姿を留めた機体は本機のみ。(翼の残骸は新潟の山本五十六記念館に収蔵・展示されている。)

日本海軍の主力練習機。通称「赤とんぼ」。こちらも国内で見られるのは当館のみ。

大戦末期の特攻専用兵器。
館内の天井から吊るされた形で展示されている。

国内で唯一飛行姿勢で展示されている零戦。

飛燕は日本で唯一の液冷エンジン戦闘機。優秀な高速飛行性能と頑丈さを持ちながらも、エンジンの不具合に悩まされ続けた。
本機は戦後米軍に接収された機体が返還されたもの。
長らく知覧特攻平和会館で展示されていたものを川崎重工がレストアし、かがみはら航空宇宙科学博物館で展示することとなった。
2017年秋まで収蔵庫内で分解状態で展示されていた。その後、博物館がリニューアルオープンされた2018年春から完成状態で展示されている。

完成状態の飛燕。
かがみはら航空宇宙博物館では他にも十二試艦戦(零戦の原型)や乙式一型偵察機の1/1模型、戦後の自衛隊機が多く展示されている。

三菱製4708号機。
1983年に河口湖自動車博物館がヤップ島から回収した機体。譲渡された三菱重工小牧南工場で復元された。
名古屋航空宇宙システム製作所小牧南工場史料室で展示された後、休止に伴いあいち航空ミュージアムに展示されていた。
大江時計台航空史料室の開館に伴い、再び三菱の手に戻って展示がされている。
(写真はあいち航空ミュージアムで展示されていた時のもの)

ドイツ空軍のメッサーシュミットMe163を参考に作成されたロケット戦闘機。
大戦末期にドイツから伝わった設計図の一部の情報を元に軍民共同で開発された。1945年7月の初飛行時にエンジントラブルで大破し、そのまま終戦となった。
1961年に横浜の日本飛行機杉田工場の拡張工事の際、土中から見つかった秋水の複数のパーツが見つかった。2001年に三菱重工にて残された設計図を元に復元されたのが展示機である。
(写真は名古屋航空宇宙システム製作所小牧南工場史料室で展示されていた頃のもの)

零戦の後期型である六二型の現存機は本機のみ。
13mm機銃×3,20mm機銃×2の重武装型である52型丙の機体構造を強化し、戦闘爆撃機として運用出来るようにしたもの。しかし、戦闘爆撃機とはいっても実質的には特攻用としての色合いが強かった。

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