1. まとめトップ

この記事は私がまとめました

首相公邸

総理が執務をする「官邸」に対して、総理の日常生活を行う住まいを「公邸」と呼んでいます。官邸の南西にあって、平屋造り508平方メートルの広さがあり、官邸からは通路でつながっていました。
 この公邸には、数々の歴史があります。昭和4(1929)年の竣工当時は、「日本間」と呼ばれ、田中義一総理から岡田啓介総理まで6代の歴代総理が入居しましたが、昭和11(1936)年の2・26事件で反乱軍に中を荒らされ、住居としての使用に耐えない状態となったため、その後、内部を改修して事務室として使われていました。
 翌昭和12(1937)年には、官邸南庭の一角に木造2階建ての「日本家」が建てられて公邸の代わりとなりましたが、それも昭和20(1945)年5月の東京大空襲で焼け落ちてしまいました。
 公邸は、戦後もしばらくは、事務室として使われていましたが、昭和38(1963)年に改修し、昭和43(1968)年に佐藤栄作総理が初めて使用し、その後、多くの歴代総理が入居しました。
 この歴史ある公邸もいずれ取り壊され、これまでの官邸が移築・改修され、公邸になる予定です。

新官邸の完成に伴い、旧官邸を移動・改装して、迎賓機能を持つ新しい首相公邸として使用することになった。
2003年(平成15年)10月から約1ヵ月をかけて、総重量約2万トンの建物全体を、東に8度回転させながら南に約50m移動させる曳家を行い、その後1929年(昭和4年)の完成当時の姿を丁寧に復元する改修が施された。また邸内には茶室や和室のダイニングなど外国からの賓客をもてなす部屋が新たに作られた。また燃料電池による発電・熱供給システムや、太陽光発電、風力発電など環境に配慮した各種最新設備が導入された。
改修工事は2005年(平成17年)4月に終了、小泉純一郎政権発足4周年の4月26日を記念して新公邸への引っ越しが行われた。
なお、日本では首相が公務を行う建物を「官邸」、居住する建物を「公邸」と分け、同じ隣接するこの二つを区別している。

内閣官房長官公邸

官房長官公邸は、官邸北西側の一角にある。詳しい広さや間取りは「警備上の理由で公表できない」(官邸事務所)とされるが、関係者によると、鉄筋コンクリート3階建てで、浴室や台所などの生活空間のほか、会議室や応接室を備えているという。「国家公務員宿舎法」の規定で家賃や光熱費などは無料だ。

 官房長官経験者によると、官邸地下の危機管理センターには「4、5分」で到着可能。自民党政権時代は、入居はしなくても危機管理対応に利用していた。06年7月の北朝鮮のミサイル発射時には当時の安倍晋三官房長官が臨時宿泊。08年の岩手・宮城内陸地震や北海道洞爺湖サミットの際には町村信孝官房長官が泊まり込んで備えた。

内閣法制局長官公邸

衆議院議長公邸

胴板葺の切妻屋根で和洋折衷の作りとなっており、本館、事務棟、居住棟の三棟からなる。
公邸北側入口前には東京女学館遺蹟碑がある。
参議院議長公邸と隣接している。

参議院議長公邸

1961年(昭和36年)に完成した建物は胴板葺の切妻屋根で和洋折衷の作りとなっており、本館、事務棟、居住棟の3棟からなる。閑院宮邸の跡地に建てられており、衆議院議長公邸と隣接している。公邸東側入口前には華族女學校(現在の学習院女子高等科)遺蹟碑がある。

衆議院副議長公邸

参議院副議長公邸

場所は徳川三代将軍家光の孫を藩祖とする松平家の屋敷だったところ。明治、大正、昭和と所有者が替わり、昭和25年から参議院の所有となり、参議院事務総長公邸として使用し、平成5年に現在の公邸を新築し副議長公邸になっています。
  
 敷地面積:4,752㎡
 建築面積:  610㎡
 述床面積:  810㎡
 設計者  :故 内井昭蔵(御所、世田谷美術館等の設計者)

最高裁判所長官公邸

最高裁判所長官公邸(さいこうさいばんしょちょうかんこうてい)は、日本の最高裁判所長官の公邸をいう。国家公務員宿舎法が設置根拠法になっている。現在の最高裁判所長官公邸は、1928年(昭和3年)に富山県の廻船問屋として巨万の富を築いた馬場家の牛込邸として建築されたものである。1947年(昭和22年)から最高裁判所長官公邸として使用されてきた。建設費は40万円(当時)[1]。
築80年以上が経過し、近年では老朽化が指摘されていたが、2011年(平成23年)の東日本大震災によって倒壊の危険性が増大し、使用を停止。当時入居していた竹崎博允最高裁判所長官は特別措置として同年8月に最高裁判所判事官舎に引っ越した。2014年(平成26年)現在においても、公邸の改修や建て替えの目途は立っていない。

1 2