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【意外!?】 『大借金』と闘った芸能人・有名人まとめ

意外!?あの人も借金で苦しんでいた?「阿部寛」さん、「さだまさし」さん、「林修」先生にも苦難の過去があったことが判明。きらびやかな芸能界で私たちに夢を売る仕事をしながらも多額の借金と闘っている有名人・芸能人さんたちをまとめてみました。

更新日: 2017年06月18日

justastarterさん

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◆間寛平◆

日本のお笑いタレント、俳優、歌手。レゲエシンガー活動名義および本名、間 重美(はざま しげみ)。通称、寛平ちゃん、寛平兄やん。
 高知県宿毛市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京所属。星座は蟹座。趣味はマラソン、ゴルフ、パチンコ、競馬、酒。

本名:間 重美 (はざま しげみ)
生年月日:1949年7月20日(65歳)
出身地:高知県宿毛市
血液型:AB型
身長:164cm
最終学歴:柏原高等学校卒業
師匠:花紀京
芸風:一発ギャグ
事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京
現在の代表番組:
痛快!明石家電視台、探偵!ナイトスクープ

テレビで見ているといいひとそうな間寛平さん。プライベートでも、そのイメージ通りの行動をしているらしく、頼まれ事は快く引き受けるそうです。その姿勢は立派なのですが、すぐに連帯保証人になってしまうという困った癖もあるそうです。そのせいで「歩くハンコ屋」とアダ名を付けられたりもしているのだそうです。

連帯保証人と言えば、負債、借金の可能性もあって、家族でも引き受けかねるものですが、間寛平さんは抵抗なかったんですね。。。ですが、事実として借金を肩代わりするハメなどになり、数百万円の負債を返さなくてはいけなくなっていったそうです。

アメマバッジとは何かといいますと、アメママンのバッジのようです。 86年に放送された「今夜は眠れナイト」という番組を見ていた方なら、知っているかも知れません。番組に人形劇のコーナーがあって、アメママンというキャラクターの声を、間寛平さんが演じていたのだそうです。アメママンの人気は、たしかにあったので「バッジを作ったら売れる」という話が持ち上がったんですね。

アメママンはテレビ局のものなので、間寛平さん自身が出資したりする必要は、 本来なかったのですが、すでに負債があったのが問題でした。間寛平さんは「借金を返すために儲けよう」としてアメマバッジを10万個発注したそうです。 目が光るだけの簡単なバッジなのだそうで、1500円で売る予定だったといいます。けっこう高いな、って気もしますが、なんと原価が630円。意外と費用が高く、ボッタクリというほどでもありませんね。

ところが、アメマバッジが完成した頃には、「今夜は眠れナイト」の放送が終了。間寛平さんの元には、 無駄に大量のバッジが残っただけになってしまったのです。 業者に、数千万円の費用を請求されてしまいます。 困った間寛平さんは、 金融業者に、泣いている我が子をみせ
同情させて利子を免除してもらうなど、必死になったようです。

◆大借金と闘った芸能人さんたちを紹介していきます。

◆林 修◆

予備校講師。東進ハイスクール・東進衛星予備校国語科専任講師。担当は現代文。愛称は「りんしゅう」「今でしょ先生」。ワタナベエンターテインメント所属。
 愛知県名古屋市千種区出身、東区在住。血液型はO型。祖父は日本画家の林雲鳳。父は大手酒造メーカー元副社長。12歳年下の妻は産婦人科医。

東海高等学校卒業後、現役で東京大学へ進学。1988年東京大学法学部を卒業し日本長期信用銀行に入社するも「この会社はもうすぐつぶれる」と感じ半年で退職。その後、様々な商売を始めるがことごとく失敗し、予備校講師に転身。

競馬や株などのギャンブルに明け暮れ、「少し儲けたら、大きく損をする」の繰り返しで多額の借金をつくり、3年間ほど自堕落な生活を送った。林氏は当時について「ほとんど記憶がない」と語っている。

株取引や競馬の失敗で1000万円を超える借金を抱えた(正確には1800万円で、その大部分は親族からの借り入れであった)。

銀行退職後に投資業を起業したり、株取引に手を出したり、競馬で生活をしていたりしました。 借金を背負ってしまいました。 その額なんと1800万円。ほとんどが親族からの借入と言うことで利子返済地獄は回避していますが、、、こわいですね。

この3年間で起こったことは「火事」と「泥棒」しか覚えていないそうです。また泥棒に入られた時は部屋の汚さから気づくまでに時間がかかったそうです。さらに恥ずかしいからと言って部屋を片付けてから警察を呼んで怒られました(笑)

その後、借金を返済しなければいけないので友人のつてで塾講師を始めます。塾講師をしているときに「自分が勝てる土俵で努力すること」を覚えたと言います。

その後、東進ハイスクールの講師として正式に採用されました。元々は得意科目であった数学の講師をしていましたが、どの科目で「勝てる」のかを考えて国語の講師をするようになったということです。

林修「本当に得意なのは漢文なんだけど漢文では借金が返せないから現代文にしました」

ターニングポイント「予備校講師 林修」じっくり見た。林先生ってそんな借金あったのね!?私もできることをやり、勝ちを掴もう。そして、再現VTR。山中さんたっぷりだった!!!最初は飄々としてた感じだったけどつかみ始めてからの表情がよかったなあ。

◆カンニング竹山◆

竹山 隆範(たけやま たかのり、1971年4月2日 -、ただし戸籍上で実際は1971年3月30日 - )は、日本のお笑い芸人。元カンニングのボケ担当。俳優としても活動。別名、カンニング竹山(カンニングたけやま)。

福岡県福岡市城南区出身。吉本興業→渡辺プロダクション→個人事務所(事務所名不詳)→サンミュージック企画→フリーフォークス(MANZAI-Cの個人事務所)を経て、サンミュージックプロダクション所属。

父親が事業を行っており、9歳までは非常に裕福に育った。幼稚園へは運転手が運転する白いベンツで通っていたほど。リビングには、象牙や虎の敷物、火縄銃が飾られていた。

9歳の時に父親が経営する会社が倒産し、一転して借金取りに追われる生活となる。この時、子供心に「人はお金が絡むと豹変する。金を信用しちゃいけない」と思い、周りの大人たちが敵に変わっていく様を痛感したという。

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