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山口絵理子が「マザーハウス」が凄い!バングラディッシュから世界にバッグで勝負

日本人である山口絵理子がバングラディッシュにバッグの会社を立ち上げたのが2006年。今では、日本国内に店舗を構えて、「マザーハウス」のブランドは、バッグのブランドで国内でも知れるようになりました。

更新日: 2015年03月16日

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misukiruさん

多くの日本人は、発展途上国など行った事は無い。その現地に乗り込んで、ビジネスにしようというのだから、凄まじい根性と言うべきでしょう。

若き女性起業家

山口絵理子は、1981年生まれで若い女性起業家としてメディアに取り上げられることも増えてきました。

1981年埼玉県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程修了。

小学校時代の悪質ないじめ

最初は男子からの暴力が始まって、そこに女子も追随していって。私は孤立無援で、本当に毎日ケガだらけでした。

小学校時代は、何をされても泣かない子としていじめに遭い、不登校。中学時代は非行に走り、柔道に出合って更生。

山口絵理子さんは、小学校時代のいじめを柔道で跳ね返しました。

男子とやれば強くなれると思って男子ばかりの工業高校に行ったのですが、私は48キロ級で、男子はほとんどが無差別級。

バングラディッシュへ

初めて訪れる国、バングラデシュのダッカ空港に着いたのは深夜でした。まず感じたのは異様なにおい。そして空港を出ると、排気ガスが充満した空気

貧困が街を覆いつくし、ストリートチルドレンが溢れかえっている様子に、衝撃を受けた。

どうしたらバッグが作れるか、ビジネスとして成立するのか、どう販売したらいいのか。小さな隙間をこじ開けていくような作業

反対はもちろんありました。でも説得はしなかった(笑)。有無を言わせず、です。親も自分の稼いだお金で行くのであれば、と言ってくれたので、一生懸命アルバイトをしてお金を貯めましたよ。

バングラディシュで苦労

世界の最貧国のひとつであるとされるバングラディシュは、日本とは全く違った環境の国です。

提携していた工場に行ってみたら、もぬけの殻ということがありました。電話ではやりとりしていたんですけど、実は架空工場

2006年に株式会社マザーハウスを起業

私自身も小売のやり方がわからず、ただ会社やショップにカタログを持って行って、営業して、見せて、そのたびに馬鹿にされて。

2006年3月、株式会社マザーハウスを起業。現在も、ビジネスを通じた健全で持続可能な途上国支援のために走り続けている。

わずか250万円の資本金で、160個のバッグを作ってから、2年あまりが過ぎた。直営店は4店舗に増えた。

24歳で起業して5年。バングラデシュで製造したジュート(麻の一種)のバッグが、ヨーロッパや日本の一流ブランドと肩を並べ、百貨店でも販売

2007年から、山口絵理子が2006年に起業した株式会社マザーハウスの取締役副社長。山口絵理子は慶應義塾大学の竹中平蔵ゼミで知り合った後輩です。

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