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過去にはマラドーナも受賞!世界のレジェンドに中田ヒデが選ばれた!

元日本代表の中田英寿氏がアジア人として初めて「GOLDEN FOOT AWARD」の“オール・タイム・レジェンド”を受賞することを発表しました。どんな賞なのか、中田ヒデのプレー集とともに紹介します!

更新日: 2014年12月13日

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askbeeさん

◆中田英寿氏が、サッカー界のレジェンドに贈られるアワードを初受賞

世界のサッカー界のレジェンド達に贈られる賞「GOLDEN FOOT AWARD 2014」を、サッカー元日本代表の中田英寿が、アジア人として初めて受賞することが決定しました。

「中田英寿氏が、サッカー界のレジェンドに贈られるアワードをアジア人として初受賞」やっぱり日本の英雄ですなぁ…

元サッカー日本代表の中田英寿氏が、アジア人として初めて受賞!「GOLDEN FOOT AWARD 2014」 表彰式は10月にモナコ

◆「GOLDEN FOOT AWARD 2014」ってどんな賞なの?

「GOLDEN FOOT AWARD 2014」は、モナコ公国の大公・アルベール二世らの支援により2003年に設立。

メディア関係者やファン投票により選出された29歳以上の現役選手1名と、“オール・タイム・レジェンド”とされるサッカーの歴史上に偉大な功績を残した引退選手に賞が授与される。

表彰式は、2014年10月にモナコにて。
モンテカルロの海岸通りにある「チャンピオンズ・プロムナード」に、“足型”を残すセレモニーなどが開催される予定となっている。

◆歴代の“オール・タイム・レジェンド”受賞者はマジでレジェンドばかり!

ブラジルを代表するサッカー選手である。1971年フラメンゴでデビュー。1981年にはトヨタカップを制している。ブラジル代表ではワールドカップに3回出場、通算66得点。1989年に一旦引退する。
日本では鹿島に在籍していた事や日本代表の監督をしていたことで有名

1994年に代表デビュー。EURO1996からは当時24歳ながらも背番号10をつける。母国開催となった1998 FIFAワールドカップでは、決勝戦となったブラジル戦で2ゴールするなど優勝に貢献。EURO2004はベスト8で敗退。大会後、若手に道を譲るために代表引退を決意したが、2005年には代表監督やキャプテンからの説得もあり代表復帰。この大会での引退を明言していた2006 FIFAワールドカップでは決勝戦まで進んだものの、マルコ・マテラッツィに頭突きしてしまい一発退場。チームも敗退し、最悪の形での引退となってしまった。

◆中田ヒデの現役時代を知らない人の為に…

日本の元サッカー選手で、現在は旅人兼実業家である。元サッカー日本代表。愛称はヒデ。

1998年にイタリア、セリエAのペルージャへ移籍。広い視野と速く的確なパスに加え、シーズン10ゴールの決定力も示し、国際的な評価を確固たるものとする。

イタリア代表の10番だったトッティとポジション争いをし、優勝を決定付ける活躍をしたと言う事は、今で言えば、イングランド代表の10番であるルーニーとポジション争いをし、優勝争いの天王山でルーニーに替わって登場し、優勝を決定付ける活躍をしたのと同格の活躍

日本サッカーの歴史において、絶対に絶対に外すことのできない選手の一人といえば、“中田ヒデ”こと中田英寿氏である。日本代表のFIFAワールドカップ初出場、3大会連続出場の原動力となったことは揺るぎない事実である。

◆数々の美女との浮き名も…

◆ネットでも祝福の声!

きゃー!ヒデすごい!!おめでとう(*´▽`*)もうレジェンドな枠なんだな。彼が今でも現役だったらまた違ったんだろうな。 中田英寿氏が、サッカー界のレジェンドに贈られるアワードをアジア人として初受賞 : ドメサカブログ blog.livedoor.jp/domesoccer/arc…

中田英寿。日本人初じゃなくて、アジア初だと価値がすごい高くい。なににしてもアジア初が日本人だと嬉しいね。

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