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755にみる幻冬舎見城徹社長の“心に刺さりすぎる言葉”初版

2014年9月頃からトークライブアプリ755内でのトークをスタート。その“心に刺さりすぎる言葉”が話題に。755内で紹介した著書“編集者という病い”が単行本・文庫ともAmazonで在庫切れになり最後の増刷から7年ぶりの増刷となるなど、755内で圧倒的な支持を集める。

更新日: 2014年09月18日

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AHEAD_NEXTさん

見城徹とは?

755まとめ初版(20140901-20140915)の“心に刺さりすぎる言葉”抜粋
・暗闇のジャンプ
・圧倒的な努力
・自分の内部の声に正直に生きよう
・努力は不可能を可能にするために必要なたった一つのもの
・憂鬱でなければ努力じゃない!
・たった一人の孤独な熱狂
・癒着
・全てはプロセス

トークライブアプリ755内『見城徹のトーク』での“心に刺さりすぎる言葉”まとめ

人生は暗闇のジャンプの連続です。後悔のない人生なんてないですが、出来るだけジャンプして、死ぬ瞬間の悔いを少なくしたいですね。

見城の著書から“暗闇のジャンプ”をするという閲覧者からのメッセージに対して。
一歩踏み出せばそこは断崖絶壁かも知れない。しかし、人生とはそういった先の見えない暗闇の中をジャンプして先へ進む勇気を、リスクを引き受ける覚悟を持って進むものであるという持論を込めた言葉。
755見城トーク内でも1位2位を争うほど心に刺さり支持されている言葉だ。

根性は解りませんが、圧倒的な努力は足りないと思います。苦しくてのたうち回るほど努力しなければ、結果は出て来ません。僕はいつも苦しくないと安心できません。ですから、苦しい方、苦しい方へと道を選択して行きます。今の若い人たちは、苦しいことを避ける傾向にあると時々思います。

今の若者は根性が足りないと思うか?という閲覧者からの質問に対して。
あえて苦しい道を選ぶという自身の哲学とともに、安易に苦しいことから逃げる若者のあり方に疑問を。

僕は出来るだけ自分の内部の声に正直に生きようともがいているだけてす。

見城の著書に心動かされ、これまで自分の心内に熱い思いが湧いて来なかったという閲覧者からの意見にたいして。
自分の心の声に「正直」に生きている人がどれだけいるのか。いろいろな理由をつけて自分の心の声を抑えこんでいる人の方が多いんじゃないだろうか?
心の声に正直に生きることはたやすい事ではない。しかし、その覚悟を決め「もがいている」という見城の生き方は誰もが憧れる。また、この投稿を見て自身も「もがく」決心をした者も多いだろう。

編集者の仕事に夢中でした。将来のことは全く考えていませんでした。

27歳の時に将来のことはどの様に考えていたのか?という質問への回答
最近メディアを通じて“人生設計”“目標を逆算する”という将来を決め打ちして逆算して日付を入れていくという手法が提案されているが、見城はそんな事はしていなかった。ただ、全力で仕事をしていた。その事を“夢中”という言葉で表している。
このNAVERまとめを見ている閲覧者は、仕事に夢中になっているだろうか?

おごったら駄目ですね。人間の一番の大敵はおごりです。

朝日新聞の虚報に対する見城の見解を読んだ閲覧者から寄せられた「奢らず日々反省が大切なんですね」という感想に対するコメント。
この謙虚な姿勢、持論を展開するときも“僕はこう思います。”というスタイルで展開し、その持論を押し付けることはしない。自分の意見なんて沢山ある中の1つにしか過ぎないという普段の755トークでのテンションからも、見城自身が奢らず謙虚な姿勢を貫いていることがわかる。

しないと自分が堕落したような気分になるものです。不可能を可能にするために必要なたった一つのものです。

“努力”とは何なのか?という質問への回答
日々努力を重ねる者にとって救われる一言かもしれない。ビジネスというものは可能な事をやるだけでは意味が無い。自分にしか出来ないこと、自社にしか出来ないことを積み重ねていく過程では、必ずリスクをとって不可能なことにチャレンジする場面が出てくる。
そんな、不可能な事を可能にするために努力をするのだ、と見城節全開。
心に刺さりすぎて痛い。755トーク内で最も男の涙を誘っているのは、間違いなくこの見城トークだろう。

方法なんてないんです。君が魅力的になるしかない。魅力的になるためには、どうしたらいいんですか?なんて質問はやめてね。

芸能人と交流出来る方法を聞かれた際の回答
芸能人と交流という目的に限らず、若い人は安直な方法論を探す事が多い。755やtwitterでも「どうすれば成功できますか?」「どうすれば○○できますか?」という質問が実に多いこと。
しかし、表面的なテクニックなど意味が無い。
本質的な、根本的な、真因を改善することでしか問題は解決しない。
こんな当たり前のことを当たり前に言えるのは、見城が正直でシンプルな考えをしているからだろう。

結果がでなければ意味がないです。

“努力”に対して持論を展開する見城に対して「努力すること自体に意味があるのか?」という質問が出た。
教科書には「努力は素晴らしい」「結果が出なくとも努力すべき」と書いてあるかもしれない。しかし、見城の正直なこの言葉が本質であり、閲覧者も“腑に落ちる”回答だったことだろう。

苦しまない努力は努力足り得ない。単なる自己満足です。憂鬱でなければ努力じゃない!

無駄な努力をする人もいれば意味のある努力をする人もいるという、“努力”についてモヤモヤした感情をもつ質問者への回答。
この言葉が心に刺さる人も多いだろう。誰もが全力で仕事をし、自分の信念/フォームを貫くと憂鬱な仕事は避けられない。憂鬱から逃げたいと思うのは人間の素直な欲求であるが。しかし、見城は努力した結果の憂鬱を肯定し憂鬱であるからこそ“努力”なのだという言葉を贈る。
圧倒的な努力を続けている閲覧者にとって、心が救われた一言かもしれない。少なくとも私は、この言葉に救われた。

自分の人生や仕事に立ち向かう姿勢やその結果の集積。そして、おのずと立ち上るその人の人間的な魅力が、人と人との深い絆を作るのだと僕は思っています。

“人脈”を作る方法を聞かれ「人脈という言葉も実態も大嫌いです。」と回答した後に補足した言葉。
表面的な人間関係ではなく、もっと深い部分で繋がる関係すなわち絆のある人間関係を作っていくという持論を展開。“姿勢”という言葉には引き受ける覚悟や信念という人の根幹となる深い部分の心持ちという意味も込められているのだろう。

何回も言いますが、全てはプロセスです。今日の利益は明日の大損になるかも知れません。逆に損は次の利益に繋がっているかも知れない。一喜一憂しないで長いスパンで考えることです。スランプならトコトンそこに浸かればいいじゃないですか。要は自分のフォームを崩さないことです。

相場の世界で生き、最近スランプだという相談に対する回答。
目の前の結果は、“結果”であると同時に次に繋がるプロセスでもある。長い人生を1つのプロセスとして考えれば、目の前の失敗も次の成功へのプロセスであり、次の成功のために目の前の“失敗”が必要だったのかもしれない。重要な事は目の前の結果に一喜一憂するのではなく、一貫した強い意志を持ち“自分”しっかりと持つ事だと捉えていいだろう。

そんな、そんな。まだまだ人生、長い道のり、自分のフォームを崩さずに歩いて下さい。死ぬ瞬間、いい人生だったか、そうでなかったか決めるのは自分です。他人がどう思おうと自分がいい人生だったと決められればいいんです。自分が納得の行く人生を!

見城の言葉に涙し感謝を述べる閲覧者に対してのコメント
人生は答え合わせではない。他人に合わせて自分の芯を崩すのではなく、自分の人生は自分で決めて進もうという自分に正直な見城らしいコメント。

そうです。何が起こるか判りません。殆どの人は失敗します。圧倒的努力と破産してもいいという覚悟が必要です。

こちらも起業に関する見城の見解
繰り返しになるが、リスクを引き受けること、圧倒的努力を続けることが起業には必要であり、それらを行う覚悟が無いのであれ、起業ではなく安定を選ぶ方が懸命だろう。

皆さん、起業、起業と言いますが、起業して上手くいく人は10万人に一人です。現実は厳しいですよ。それを心して下さい。

何かにつけて若者が“起業、起業”という風潮に対して一石を投じた一言。
見城は起業自体を推奨しているわけではない。自分が好きなことを仕事にすることや、リスクを引き受けること、圧倒的努力を続けること、それらを行う覚悟を持つことを持論として展開しているだけだ。
逆に言い方をすると、覚悟のないもの、リスクを引き受けない者が軽々しく起業する事は見城の本意ではない。

熱狂と圧倒的努力があれば、最初は理念がなくてもいいじゃないですか。理念は成功したあと、あと付けで掲げるものですよ。

起業時に理念を掲げることは必要か?という相談に対する回答
出来る限り自分に正直でありたいという見城の生き方は、教科書に載っている「理念を掲げる」という型にははまらない。正直でシンプルだからこそ、見城の言葉は多くの者に刺さるのだろう。

自分の好きなことを仕事にすべきです。色んな仕事をして好きなものを見付けようとしてもなかなか巡り会わないでしょう。何が一番好きなのか自分の胸に手を当ててじっくり考えて下さい。それを仕事にすべく努力すべきです。

いろいろな仕事を経験して好きな仕事を探す方法は間違っているかとの相談に対する回答。
とてもシンプルに確信をついた見城らしいコメント。
我々はつい回り道をしたり、何が正解か答え探しをしてしまうが、その方法では自分のやりたい事は見つからない。

本当は我々もやりたい事があったはずだが、大人になるにつれて自分の気持ちに“フタ”をして心の奥底に眠らせている人も多いのではないか?自分に問いかけ、言い訳を排除して、本当にやりたい事が何なのか自分に問いかけることで、「何が一番好きなのか」掘り起こす事ができるのかもしれない。

正直に進むと色んなものにぶち当たるから、確かに疲れます。でも、自分は自分の人生の道を行くと決めればいいじゃないですか。だってそういう風にしか生きられないでしょう?僕はそうです。人より何倍もエネルギーが要りますが、清々しいですよ。誤魔化したか、誤魔化さなかったか、自分が一番知っているものねえ。ゴルフのスコアを誤魔化す人の気が知れない。

正直に生きることで人とぶつかって疲れることもある。そんな自分の生き方に疑問を感じてこのままでいいのか迷って居た閲覧者が、見城の一連の発言を見てこのまま正直を貫くことを決意した、という閲覧者投稿に対するコメント
覚悟を持って自分の信じた生き方を正直に生きることは確かに疲れてしまう。現代では自分の考えを曲げて、衝突を避けてなぁなぁに生きることもできる。しかし、正直に生きることの“覚悟”を持って生きたい、そういう生き方でも良いじゃないかと回答。
若い人は特に人間関係など「正直に生きること」について悩んでいるのではないだろうか。この投稿を見て勇気を貰った者も多いことだろう。

自分に甘いこと。思い込みが強いこと。小さなこと、片隅の人を大事にしないこと。約束を守らないこと。時間に遅れること。
もう一つありました。他者への想像力がない人は駄目ですね。

仕事の出来ない人の共通点についての質問に対する回答。
世間一般でいうところの仕事ができない人に当てはまりそうな内容だが、“他社への想像力がない人”という回答は実に見城らしい一言。
自身で解釈して、仕事ができない人に当てはまらないようにしたいものだ。

僕は僕の人生を良くするために起業しました。あなたの書いていることは全く理解出来ません。世界を良くするため?お助けマンになる?ご立派なお考えですね、と言っておきます。お幸せに。

世界をより良くするために起業したいという閲覧者に対する回答。
できるだけ自分に正直にありたいという言葉通り、キレイ事ではない正直な自身の経験を答えてくれた。
社会起業家という言葉も生まれた様に近年、“社会の為に”というふわっとした理想を掲げる若者が多い中、自分の人生を良くするために起業したという正直で強い言葉には、言葉では表せないフワフワした気持ち悪さから私達を現実に呼び戻してくれる。
私達が社会起業に感じたこの気持ち悪さの正体は、「覚悟」「貫く」という強い意志が感じられないスカスカとした理想論の事かもしれない。

人は自分が生きて来た集積でしか、ものを語れないですから。今、起こっている全ては自分が生きた生き方の結果だと思えば、目の前にある困難に対しても覚悟が決まります。

見城の心に刺さる熱い言葉を“見城の生きてきた足跡”と表現し感謝の言葉を伝えた閲覧者に対するコメント。
足跡を“生きて来た集積”と表現し、その時点でのプロセス集合を持って目の前の困難を引き受ける覚悟を持つという一貫した考えを展開。

あの時ほど「たった一人の孤独な熱狂を」していた時期はありません。あんな出鱈目を力で押し通したという実感が残っています。いつ、寝ていたんだろう?紛れもない青春のカオスの真っ只中でした。

見城が関わった月間カドカワという雑誌との出会いで人生が変わったという閲覧者からの御礼に対するコメント。
当時を振り返った言葉の節々に、無理を通した「熱狂」が感じられる、若いうちは無茶をやっていいと閲覧者が感じられる内容。
「すべての新しいものは、たった一人の孤独な熱狂から始まります。」という発言もあり、「孤独な熱狂」という言葉に重みが感じられる。

しませんよ。直感には自信がありますが、その上で圧倒的努力をします。そこで成功の論理が見えて来たら踏み切ります。僕の場合2割のリスクは残しますが。リスクのないところに鮮やかな成功はない。

論理的に難しそうなビジネスでも、直感でいけそうならGoするか?という質問に対する回答。
直感でいけそうだと感じた場合でも「圧倒的努力」により論理的なロジックも作る、ただし、100%やれるというところまで詰めるのではなく、2割のリスクを引き受ける覚悟でやるとの事。
「圧倒的努力」「リスク」「覚悟」という見城節が心に刺さりすぎる。

圧倒的努力と覚悟さえ決まれぱ、若いんですから挑戦すべきです。全てはプロセスだ、人生の結果は死ぬ瞬間だと覚悟が決まれぱ、挑戦し続けられます。失敗しても成功しても、それはその時点でのプロセスです。

見城の著書を読み、就職ではなくに起業を決意した大学生へのアドバイス。
リスクを取る、覚悟を決めて行う上での失敗/成功を、目の前の結果としてではなく“プロセス”として捉えて、若いうちはチャレンジするべきだ、と質問者の覚悟を後押ししたコメント。

麓の太った豚の安定を求めるか、たとえ凍え死んでも、頂上を目指す狼の孤独を引き受けるのか、あなたの覚悟が問われますね。

やり甲斐の無い会社で3年ガマンするか、ベンチャー起業へ転職するか悩む質問者への回答補足。
この回答に限らず一貫して「責任を引き受ける」「リスクをとる」「覚悟」という、男なら心に刺さる持論を展開し、閲覧者からの深い共感を得ている。

年齢にもよりますが、あなたが35歳を超えていないなら、すぐ、辞めるべきです。遣り甲斐を感じない会社にいても意味ないですね。あなたの仕事の実力にもよりますが、取引先のベンチャーが快く迎えてくれるなら、安定など捨てるべきです。失敗してもいいじゃないですか。45歳ぐらいまでなら、失敗してもなんとかなりますよ。あなたが使えない人だったら話は別ですが…。リスクを引き受けないところに成功はありません。安全運転で成功しようというのは虫がよすぎます。

入社した会社にやり甲斐を感じる事ができないまま3年間は頑張るべきか、やりたい事が出来そうなベンチャー起業へ転職するか悩んでいるという質問に対する回答。
1社で最低3年という世間一般の常識にとらわれて働いても意味が無い。リスクを取ってベンチャーへ転職すべきというアドバイス。

「人脈」という言葉ほど嫌いなものはありません。なんと表面的な言葉でしょう。人脈を作ろうと思ったことは一度もありません。「癒着」は圧倒的努力をしたもの同士のギブアンドテイクです。考えややり方などありません。おっしゃるように人それぞれです。ただ、自分にカードがないのに「癒着」は不可能です。

成功の要素して「癒着」と発言した見城に対し、閲覧者が「癒着と人脈が似たニュアンスですよね?人脈を手に入れるためには?」との質問に対する回答
表面的な人付き合いではなくもっと深い部分で繋がった関係だという事を強調。
「カード」という深い言葉も。

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