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プロ野球史上初の女性球団オーナー!?南場智子氏のモーレツ人生

南場智子氏がベイスターズ球団オーナーに就任か

更新日: 2014年09月19日

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南場智子氏がDeNA次期球団オーナー就任!?

DeNAの次期球団オーナーに、同社創業者の南場智子氏(52)=本社取締役=が就任する見通しとなったことが16日、分かった。

DeNA創業者 南場智子とは何者なのか…

新潟市生まれ。津田塾大学卒業後、1986年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。90年ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。99年同社を退社してDeNAを設立、社長に就任。2005年東証マザーズ上場。2011年病気療養中の夫の看病に力を注ぐため、社長兼CEOを退任、代表権のない取締役となる

先生の話を全く聞かなかった子供時代 しかし成績はダントツだった

家庭教育を学校教育より優先させるべきものだと考えていた南場さんの父親は、「授業などというのは聞くものではない」と彼女に教えていた。

だから、彼女は先生の話をまったく聞かなかった。小学校時代などは、友達とおしゃべりに興じたり、授業中歩き回ったり、困った生徒だったらしい。

新卒でマッキンゼーに入社するも…現実は厳しかった

夜中の3時、4時まで仕事をして、タクシーで帰って、シャワーを浴びて、2、3時間睡眠を取ってまた出勤。遊びたい盛りでもあったから、睡眠を取りに帰るかわりにお酒を飲みに行ったりもした。そんな日々の繰り返しだった。

心身ともにボロボロになっていた彼女は、職場から逃亡する術としてMBA取得を口実にした海外留学を考えるようになる。人の書類を作成している場合じゃないと自分の応募書類をめいっぱい見栄えよく作成し、ハーバード大学ビジネススクールに提出。結果、入学許可通知が来る

大学時代の留学は、奨学金をもらって行ったこともあってよく勉強した。しかし、今回はモチベーションが地に落ちた状態だったから、まったく勉強しなかった。授業が終わって一路向かうはチャイナタウン。車を持っている友達を捕まえて、何人か同志を募って繰り出すのだ。それも毎日のことだった。

留学で心身ともにリフレッシュ再びマッキンゼーに舞い戻る

自分そのものにバリューがなくても、結果としてチーム全体でクライアントにバリューを示せればそれでいいのではないか、と。「私はアホです」とさっさとカミングアウトして、足りないところは補ってもらえばいいのだ。そう思うと気が楽になって、この仕事をもう少し続けてみようと考えるようになった。

南場さんは仕事がどんどんおもしろくなっていった。順調に昇進も果たして、視野が次々開けてくる。1996年には、34歳の若さにしてマッキンゼーのコンサルタントとして最高の職位であるパートナーにまで上り詰めた。

「魔が差した」マッキンゼーを飛び出し、ディー・エヌ・エーを設立

クライアントに、「あーすべき、こーすべき」って、偉そうに提案しているうちに、私にもできるんじゃないかって、魔が差したんですね。企画した事業で、自ら製品やサービスを生み出し、人に役立つ商売をやり倒したい。

1999年 - 株式会社ディー・エヌ・エー設立、代表取締役に就任。

渋谷の細い路地にある小さなアパートで創業した当時、社員は3人しかいなかった。それが6人になり8人になり、20m2のアパートですし詰めになって仕事をしていた。

リクルートの出資を受けて船出した新会社は,Web上のオークションサイト「ビッターズ」のビジネスモデルづくりに奔走し,事業計画書の作成を精力的に進め始めた

南場氏ら3人は午後6時になると,練り上げた事業計画書や仕様書などを見せに,銀座にあるリクルートの支援部門に出向く。渋谷区に借りたアパートの1室から銀座に向かうタクシーの中の約30分間が仮眠時間だった。

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