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【ニッカとサントリー】NHK朝ドラ「マッサン」で注目された日本のウイスキー

NHKで2014年9月から翌3月まで放送された連続テレビ小説「マッサン」 は日本におけるウイスキーの黎明を支えた竹鶴政孝とその妻リタがモデル。このドラマではサントリー創業者であり、初の国産ウイスキーを世に送り出した鳥井信治郎との出会いも描かれました。ニッカとサントリーのウィスキーもご紹介します。

更新日: 2017年09月18日

Mark818さん

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「マッサン」は日本のウイスキー誕生を支えた竹鶴政孝が主人公

札幌オリンピックの“日の丸飛行隊”を支援し、北海道余市の名誉町民となり、 日本のウイスキー誕生を支えた竹鶴政孝とその妻リタがモデルとなる“夫婦の奮闘記”。 国産ウイスキーの黎明期を創出した鳥井信治郎との出会いが物語中盤を彩り、やがて舞台は大阪から北海道へと展開します。
(NHK公式:朝ドラ「マッサン」新キャスト発表!)

主人公のモデルとなった竹鶴政孝とは

竹鶴 政孝(たけつる まさたか、1894年6月20日 - 1979年8月29日)は、広島県賀茂郡竹原町(現・竹原市)出身の日本の実業家。ウイスキー製造者、技術者。会社経営者。ニッカウヰスキーの創業者であり、「日本のウイスキーの父」と呼ばれている。

大正期、ウイスキー誕生の地、スコットランドに乗り込んで本格ウイスキーの製法技術を持ち帰り、後年、英国の副首相に「万年筆一本で、わが国のウイスキーの秘密を盗んでいった青年がいた」とユーモアたっぷりに賞賛された男。

広島県の醸造家(竹鶴酒造)に生まれた政孝は、摂津酒造に入社、やがて社長の阿部喜兵衛の認めるところとなり、スコットランドへの留学を果たす。

竹原市に残る生家、小笹屋(竹鶴酒造)

スコットランド女性リタとの運命的な出会いは終生政孝を支えた。リタの弟の柔術の教師として一家と楽しく付き合ううちに、お互いを認め合うようになったのである。結婚には周囲の猛烈な反対もあったが、リタは血族の絆を捨ててまで竹鶴のもとに嫁いだ。

リタさんのためにスコットランドに留まることを考えた政孝に、日本でウイスキーをつくる夢を実現するよう促したリタさん。リタさんがいなければ、日本のウイスキーの歴史は大きく違っていました。

グラスゴー西南のヘーゼルバーン蒸溜所で、技師として留学最後の実習に寸暇を惜しみつつ、1920年いよいよウイスキーづくりの舞台を日本に移す。

グラスゴー西南のヘーゼルバーン蒸溜所は今では建物の一部を残すのみとなっているそうです。

北海道・余市がニッカの前身『大日本果汁株式会社』の出発の地となる。当初はリンゴジュースなどを製造しながら、ウイスキーの原酒をつくり続けた。長い冬が幾度か訪れ、また春が巡り来て、貯蔵庫の原酒は豊かで贅沢な眠りについていた。

無料で見学できます。
所在地:〒046-0003北海道余市郡余市町黒川町7-6

時に磨かれた原酒が目覚めを迎えた。1940年『ニッカウヰスキー』の誕生である。
透明な瓶の中で、スコットランドで培った技術と数多くの先達たちとの友情が琥珀色に揺らめいている。

主人公の亀山政春役には玉山鉄二さん、その妻:亀山エリー役には、シャーロット・ケイト・フォックスさん、という配役。

本格ウイスキーの到来を予見した男 - 寿屋・鳥井信治郎とは

ある日、サントリーの前身である寿屋の鳥井信治郎が訪ねて来た。鳥井はかねてから本格ウイスキーの到来を予見していた。ウイスキーの権威ムーア博士からの推薦で、竹鶴政孝の名前を知って訪ねて来たというのだ。そして1923年、寿屋に入社し、翌年日本初のウイスキー蒸溜所を山崎に完成させた。現在のサントリー山崎工場である。

鳥井 信治郎(とりい しんじろう、1879年1月30日 - 1962年2月20日)は、日本の実業家、サントリー創業者である。
(wikipedia)

創業者鳥井信治郎は、どんな苦境に陥ちこんでも自身とその作品についての確信を捨てず、そして、たたかれてもたたかれてもいきいきとした破天荒の才覚を発揮しつづけた人であった。 それを最も端的に伝える言葉として彼がことあるごとに口にした日本語が『やってみなはれ』である。

鳥井の口癖「やってみなはれ」はTシャツにもなっております。

http://ecotova.net/item/item.asp?id=73401

「陰徳あれば陽報あり。言に怯にして行うに勇あり」
 これも彼が大切にした言葉である。

「開拓魂や。寿屋の創業以来の精神やで。そやなかったら、アメリカにもヨーロッパにもあれへん、英国だけにしかないスコッチタイプのウイスキーをつくろうなんて考えてへん。やってみなはれ。やらなわからしまへんで。酒ちゅうものはみな生きてま。どんな酒かておいてみなはれ」この言葉のなかに鳥井の教えのすべてが含まれているといってよいだろう。

京都郊外、天王山の懐に抱かれた山崎の山峡に原酒を仕込んで5年。技術者をスコットランドに派遣し、信治郎自身も山崎工場に泊まりこみ、原酒の改良とブレンドに没頭した。そして遂に、日本では不可能、前人未踏と言われた、本場のスコッチウイスキーに負けない国産ウイスキーをつくる夢を実現した。

1929年に国産第一号ウイスキーとして発売された「サントリーウイスキー白札」です。

世界を代表する蒸留所となったサントリーの山崎工場。

堤真一さんが国産初のウィスキー誕生を創出する「鴨居欣次郎」を演じます。

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Mark818さん

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