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知っていると100倍楽しくなる伊勢神宮の豆知識 (内宮が右側通行の理由、宇治橋のテカテカしたアレ等)

【(ノ゚ο゚)ノアアァッ! ノリノリでまとめてたらすごい量に…】知っていると参拝する際に見つけに行ったり、人に話したくなる伊勢神宮の豆知識を集めてみました。随時更新予定なので、気にいってくれた方はお気に入りに登録してくださいな。あまりに長くなってきたら、適宜まとめを分けていく予定です。

更新日: 2017年03月13日

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gosyuinさん

【本まとめの構成】

【基礎知識編】
  「伊勢神宮」とはどんな神社かを簡単に紹介するの巻
【伊勢神宮編】
  「伊勢神宮」にまつわる雑学を紹介するの巻
【伊勢界隈】
  「伊勢神宮」以外の伊勢周辺・界隈に関する雑学を紹介するの巻

■目次_【基礎知識編】

【基礎知識編】
 (1)「伊勢神宮」とは125社神社の総称
 (2)正式名称は「神宮」 / 「伊勢神宮」は通称
 (3)式年遷宮(20年に1度のお引越し)

★…最新の追加記事(記事が追加された場合、以後の記事の番号は繰り下がります)

ここでは、伊勢神宮についての基本中の基本の情報を簡単に紹介します。
知っている方は読み飛ばしてもかまいません。

(1)「伊勢神宮」とは125社神社の総称

天照大神をおまつりする皇大神宮(内宮)と、豊受大神をおまつりする豊受大神宮(外宮)を中心に、両宮に所属する14の別宮、43の摂社・24の末社・34の所管社、8の別宮の所管社を合わせて125社から構成されています。それぞれの御社は伊勢市・松阪市・鳥羽市・志摩市・度会郡・多気郡の4市2郡にわたり御鎮座しています。

<125社の内訳>
 ・正宮(しょうぐう)…2社(皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮))
 ・別宮(べつぐう)…14社(神宮の社宮のうち正宮に次いで尊いとされる宮)
 ・摂社(せっしゃ)…43社(『延喜式神名帳』に記載されている正宮、別宮を除く神社)
 ・末社(まっしゃ)…24社(『延暦儀式帳』に記載されている正宮、別宮、摂社以外の神社)
 ・所管社(しょかんしゃ)…42社(正宮・別宮・摂社・末社以外の神社)

(2)正式名称は「神宮」 / 「伊勢神宮」は通称

「お伊勢さん」「大神宮さん」と親しく呼ばれ、辞書などでは「伊勢神宮」と紹介されていますが、単に「神宮」というのが正式な名称です。

全国には多くの「神宮」の称号が付くお社がありますが、「神宮」とのみ呼ばれるのは、わが国で最も至貴至高の唯一のお社だからなのです。

「神宮」と名の付く神社は、鹿島神宮、香取神宮、明治神宮、熱田神宮、平安神宮など、全国にいくつか存在します(ちなみに、東京大神宮や船橋大神宮などは「神宮」ではなく、あくまで「大神宮」です)。

伊勢にある「神宮」が一般に「伊勢神宮」と呼ばれるのも、「神宮」と名の付く他の神社と区別するためです。

(3)式年遷宮(20年に1度のお引越し)

20年に1度の大祭、神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)は、正殿(しょうでん)を始め御垣内(みかきうち)のお建物全てを新造し、さらに殿内の御装束(おんしょうぞく)や神宝(しんぽう)を新調して、神儀(御神体)を新宮へお遷し申し上げる、我が国で最も重要なお祭りのひとつです。

神宮の古伝では神宮式年遷宮は、天武天皇の御発意により、次の持統天皇4年(690)、第1回の式年遷宮が内宮で行われました。以来、戦国時代に中絶するという事態に見まわれながらも、1300年にわたって続けられ、平成25年秋には第62回の神宮式年遷宮が古式のままに行われました。

■目次_【伊勢神宮編】

【伊勢神宮編】
 (1)伊勢神宮には一般的な神社にあるアレらがない(→別まとめにて解説)
 (2)内宮は右側通行・外宮は左側通行の理由
 (3)内宮と外宮では扉の開け方が違う
 (4)千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)で神様の性別判断がざっくりとできる件 【(5)の前提】
 (5)千木と鰹木の一般的な規則性は伊勢神宮には当てはまらない
 (6)宇治橋が遷宮年よりも前にフライングして架け替えられる理由
 (7)宇治橋を作る際には船大工が大活躍している
 (8)宇治橋を歩く=直径1.14kmの円周上を約10.2度分歩くが如し ★★10/6 新規追加★★
 (9)宇治橋は20年で6センチもすり減る
(10)宇治橋の「とある場所」を踏むと金運がupするらしい
(11)宇治橋にある擬宝珠(ぎぼし)のうちの1つだけがテカテカしている件
(12)宇治橋の上から見てどちらが上流かを見分ける方法 ★★3/18 新規追加★★
(13)偶然発見された一直線に並ぶ宇治橋と大鳥居と冬至の太陽
(14)火除橋はその付近まで民家があった名残
(15)鯨幕はお葬式じゃないよ、伊勢では縁起がいいんだよ
(16)神馬はその名前から何年に生まれたかがわかる(調べられる)

★…最新の追加記事(記事が追加された場合、以後の記事の番号は繰り下がります)

(1)伊勢神宮には一般的な神社にあるアレらがない

一般的な神社ではよく見かける

 ・注連縄(しめ縄)がない
 ・狛犬がいない
 ・賽銭箱がない
 ・鈴(鈴緒)がない
 ・おみくじがない


なぜそれらがないかは、別にまとめてあるのでそちらをご参照あれ!

(2)内宮は右側通行・外宮は左側通行の理由

答えは外宮です。

比較的よく知られたことですが、伊勢神宮は外宮が左側通行、内宮は右側通行となっています。
ちなみに、真ん中の道は神様の通るところ。これは、伊勢神宮に限らず、どの神社でも同じ。

では、なぜ右側通行ないし左側通行と決まっているのでしょう? その理由は諸説ありますが、それを紹介します!

一般的に言われている(検索して最も多くhitする)理由は…

手水舎が外宮は左側、内宮は右側にあるため。

手水舎とは手や口を清める場所。神社によっては龍の口から水が出たりしていますね。

それが外宮は左側に位置しているので左側通行、内宮では右側に位置しているので右側通行になったというわけです。

しかし、こういう意見もある…

外宮では左側通行です。内宮では右側通行です。
このルールのために外宮では左側に手水舎が、内宮では右側に手水舎があります。

つまり、これは、まずルール(右側通行・左側通行)が先にあり、それに現実(手水舎の位置)をあわせたという主張です。この主張のずるいというか、もやっとするのは、結局、どうして左側通行・右側通行になったのかはわからずじまいな点。

これに対して、上にも上げた一般的に言われている理由は、それとは逆で、現実(手水舎の位置)にあわせる形でルール(右側通行・左側通行)が形成されたからというもの。

手水舎ではなく土産物屋の場所からという説も…

伊勢神宮の江戸時代の風景は、今と全く違います。人工的な事で特に変化が見られるのは、現在の内宮の敷地内に多くの民家があった点です。それも内宮のかなり奥まで参道の両側に立ち並んでおりました。

左の画像からもわかります。
これは昔の伊勢神宮の様子を描いた絵で、左側が内宮、右側が外宮。

真ん中下にあるのが宇治橋でして、それを渡った先に家らしきものがいくつか描かれているのがわかります。

多くは商売を兼ねた建物で、宿屋に始まり、両替屋・酌屋・草履屋・飯屋等その他多種多様の建物があり、かなり活気があったと容易に想像が付きます。

商売人は考えました。
いかに参拝者にお金を落としていって貰えるかを。

そして考え出した方法は、出口付近に土産物屋を構える事でした。無論そうですよね?大混雑する参道の入り口にあるより、帰り側にあった方が参拝中荷物が邪魔になりませんから、出口辺りの通行側にあった方が財布の紐も緩むというもの。

その土産売り場の場所が、当時の立地条件の都合で、外宮は左側・内宮が右側だったのですね~!

土産物屋の位置からルールができたという理由は、この上なく俗ですが、なかなか面白い。
これは、ルールが先にあって手水舎の位置はそれにあわせて今の位置にあるという上の主張とも整合的です。つまり、

【土産物屋の位置からルールが誕生】
  ↓
【土産物屋がなくなった以降もルールは存続】
  ↓
【ルールにあわせて手水舎の位置を決めた】

といえるというわけです。

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