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馬の優しさに泣ける...。伝説の名馬「キーストン」の感動物語

ダービー馬「キーストン」という競走馬をご存知でしょうか?競馬史上類を見ない、騎手との悲しくも美しい物語を作りだした馬です。画像、動画と共にこの感動のエピソードをまとめてみました。

更新日: 2015年07月26日

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rainshineさん

競走馬「キーストン」

1962年、北海道浦河町の高岸繁牧場に生まれる。父は1959年にアイルランドから輸入されたソロナウェー、母リットルミッジはイギリスからの輸入馬で、本馬は日本における2番仔であった。

父は、名種牡馬で、多くの代表産駒を輩出していた。しかし、どの産駒もスプリンターで、キーストンもスプリンターとして考えられた。子馬のころの体格は、とても小さくさらに歩行もぎこちなかったことから、競走馬としては期待されていなかった。

優しい馬だった

いくつかのレースで惜しくも2着とか、掲示板外の順位になった時に関係者の方が残念がったり落ち込んだりした時、キーストンは関係者の落ち込む様子を すごく気にしてしまうかのようにがっくり食欲が落ちてすぐ体重が減ってしまったそうです。

それくらい、周りの人間が落ち込む様子を敏感に気にしていたそう なのです。

期待されたG1レースで惨敗し、オーナーは激怒、騎手を代える指示を出しました。

パートナーであった山本騎手はレース後、キーストンに会いに行き「俺が未熟やから負けたんや、ごめんな。」と謝りました。そのときキーストンは山本騎手に近づいて自分の額を山本騎手の額にくっつけてじっとしていたそうです。山本騎手は「私が落ち込んでいると、慰めるようにおでこにおでこをくっつけてくるんですよ。」と語っています。

山本騎手とキーストンは名コンビになった

山本騎手本人はそうは言いませんが、山本騎手とキーストンの関係は普通の騎手と競走馬の関係を超えていたと関係者は語っています。

当の山本騎手はインタビュアーに対して「キーストンは他の馬よりはなついていたかな。」とかなり控えめに答えています。

悲劇の最期のレース

昭和42年12月17日「阪神大賞典」

地元の阪神大賞典を6歳最後のレースに選んだ。僅かに出走頭数は5頭。木枯らしの吹きすさぶ阪神の3100m戦で、キーストンは1番人気の支持を受けた。現調教師の山本正司を背に、軽快なピッチでレースを引っ張ったキーストン

落馬した山本騎手、そして骨折したキーストン

逃げ馬のキーストンは最初から最後まで前を誰にも譲る事なく悪夢の4コーナーつまづき山本騎手を振り落としてしまったキーストン、3本足のままおろおろとあたりを見回し山本騎手を探します。そして激痛にたえながら、横たわる山本騎手の元へと歩くのです。

激痛の自分を差し置き騎手の山本さんを気遣うキーストン

激痛に耐えかね、狂ったように暴れてもおかしくない状況だったが、キーストンは残った3本の脚を使い、コース上に横たわる山本の元へ一歩一歩近付いていく。

ようやく山本騎手の元へ辿り着いたキーストンは、まるで安否を気遣うかのように鼻面を摺り寄せた。

キーストンの脚からは血が吹き出し、骨はササラの如く.....全身に激痛が走っていたはずだ。やがて山本さんは気絶からさめ、目の前にキーストンの顔があるのにハッとした。

山本騎手は「あーえらいことになった、」と思いましたが、気がつくとすぐそばにキーストンがいたんです。ということは、そこから離れていったのにまた僕のところに帰ってきたわけですよね。

「そういうことは朧げに理解できました。それからキーストンは膝をついて、僕の胸のところに顔を持ってきて、鼻面を押しつけてきました。ぼくはもう、夢中でその顔を抱きましたよ。」

その時の映像

3:00辺りからキーストンから落馬してしまう山本騎手。
その後キーストンが...。

そして駆けつけた厩務員に「頼む、早くしてやってくれ、頼む・・・」
となんとか伝え終えたところで、また気を失い医務室へ運ばれた。

そして骨折したキーストンには安楽死が選択された...。

馬が下肢に致命的な負傷を負った場合、負荷を和らげるため、胴体をベルトで吊り上げたり、水中による浮力を利用するためプール等を用いて治療する。

しかし、必要な治療費や治療期間中の飼育費など金銭面での負担が莫大になり、コストに対して生存率が高くないなどリスクも高く、大多数の競走馬は予後不良と診断された直後に安楽死の処置が取られ処分される。

キーストンは、左第一指関節完全脱臼で予後不良と診断され、直後に安楽死(薬殺)の処置が決定された。

誰もしゃべらない沈黙の中、キーストンの安楽死を行った獣医が「この子はこの小さなからだで注射をすると普通5分ほどで死んで­しまうのですが 15分もたえていました。痛いだろうに鳴き声もあげずにたえてい­ました。 長い間、獣医をしてきましたがこんなすごい馬はじめてです。」

それを聞いた厩務員のひとりが・・・・
「山本さん・・・・まっとったんやなぁ」とつぶやいた。
それを聞いた山本さんはキーストンの首にだきついて
いつまでも泣­き続けた。 

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