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自分のことをかわいいと思ってたブスが半生を語る【op2ch】

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更新日: 2018年03月15日

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この記事は私がまとめました

siitakepanさん

元スレ

その1

ど田舎生まれで高校までど田舎で育った
ど田舎は過疎化と高齢化が進み、村にいるのは年寄りばっかりだった
同級生は20人そこらで、みんな赤ちゃんの頃から一緒くたに育って仲は良かった

だがそんな村の子どもの中にもモテる人、モテない人は存在しており、当時まだ顔の骨が成長仕切っておらず平均顔だった私は、足の速さと(村の子どもの中では)優秀な頭脳で、モテまくっていた

その2

そのモテ具合は村で一番かわいいYちゃんと並んでも劣らなかった
例えばクラスに10人しかいない男の子の半分はYちゃんが好きで、もう半分は私が好きという世紀末状態だった

そこで何を思ったか私は
Yちゃんはモテる→Yちゃんはかわいい→Yちゃんと同じくらいモテる私もYちゃんと同じくらいかわいい→むしろ私はYちゃんよりかわいい!!!
というとんでもない結論に至った

その3

それからの私は非常に調子をこいた
しかし皮肉にも小学生というのは態度がでかくても足さえ速ければ人気が出るものなのである
むしろその自由奔放で気が強い性格が、「大人しいやつ」がカースト底辺を無条件にさまよう小学生社会では有利となっていた

その頃の私は一人称が「僕ちゃん」でボーイッシュ気取りかつぶりっ子という田舎の閉鎖社会が産み出した悲しきモンスターとなっていたが、足の速さにより奇跡的に無効となっていた

その4

そんなこんなで小学校低学年から中学年まで、私は青春を謳歌した
今思えば明らかにあれが人生のピークだった
異変が起こり始めたのは小学5年生のときだった

第二次性徴である
ませていた私は初潮が来たことを喜んでいた
なんとなくその頃は生理になることは女子のステータスであり、まだ早い段階で初潮が来た私は少し勝ち誇っていた
みんなより先にお姉さんになったのねフヒヒ…とセクシーな自分を意識したりもした

その5

ところがそれと同時に恐ろしい変化が私の身に次々と起こり始めた
5年生から私は急に太り出し、ニキビ面になるだけでなく、なんと天パを発症したのだ

これにより不気味な天パのジャイ子のようになった私の人気は瞬く間に凋落した
当時流行っていた「好きな人ランキング」の上位に入ることはほとんどなくなっていた

その6


デブッたとはただの食いすぎでは?
それともストレスの問題か?あるわけないよな、有頂天になってたんだし


それまではいくら食べても太らなかったんだけど同じ食事、おやつを食べても急にぶくぶく太るようになったんだよね
まあ食いすぎです

そしてこれが人生のターニングポイントだったと思う
なんと私の唯一の武器の足の速さが失われたのである
理由は体重増加により体を動かしにくくなったからだろう
この時点で私のスペックは
ブス、デブ、足が遅い、ワガママ、うざい、ませている、ナルシスト、ニキビ面という地獄絵図だったが、当の私は「まあ私は可愛いからへーきへーき」と鋼のメンタルで楽天的だった

その7

のんきだった私と対照的に、現実はゆっくりと私に背を向けていった
むしろ、今まで良い面しか見せていなかった現実がやっと本当の姿を私に見せたのかもしれない
私は「足の遅いデブス」という小中学生の中では最も忌み嫌われるスペックにプラスして、元々の自己中心的な性格のせいで徐々にカースト底辺をさまようことになった

6年生になったときの私は、すっかり暗く無口なデブスとなっていた
さすがにこの頃には自分のことを「僕ちゃん」などと呼んでる場合じゃないよな…という自覚はうっすらと芽生えており、一人称は矯正された

その8

一番自分の立場を痛感したのは男子の態度が変わったことだ
今までは割と話しかけてくれた子たちが急にそっけなくなっていくのである
私はおおいに戸惑った
みんな私のことが好きすぎて照れているのか?と本気で思った

ところがそのような少女漫画的展開はその後一切訪れず、小学校卒業まで男子とは疎遠となり(今思えば完全に避けられていた)事務的な会話以外は発生しないまま別れた人も多数いる
そんな男子たちの気持ちにも気づかず、授業中にセクシーな顔をしてみたり、上目遣いでアピールしたりと色々やった自分を逆に褒めてやりたい

その9

依然モテ続けるYちゃんを尻目に鬱屈とした気持ちと戦っていた
この時まだ私は自分がブスだということをギリギリ認めていなかった
それどころか男子にラブレターを書いて渡すという愚行を何回か犯してさえいたのだ

田舎育ちの心優しい少年たちは決して晒しあげるようなことはせず、ただ不気味そうな眼差しを私に向けるだけだった
彼らには本当に感謝している
多分内容は「付き合ってあげてもイイヨ…」とかそういう上から目線な感じだったと思う
死にたい

その10

自分の理想とのギャップにもやもやした気持ちのまま、小学校を卒業する季節になった
この頃にはすっかりクラスでも目立たないブスとなっていた私だが、卒業アルバムには顎に手を添えたポーズでにっこりと微笑んで写った

卒業アルバムは卒業式の2週間ほど前に配布され、出来上がったアルバムをワクワクしながら見てみた
私は思わず目を疑った

その11

そこにはブスがいた
まごうことなきブスがいた
ブスがムカつくキメ顔とポーズでばっちり写っていた
「えっ竹山じゃん」と思わず口にしてしまったほどカンニング竹山に似ていた

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