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gfrgehyydaさん

理論経済学の分野で優れた業績を残した東京大名誉教授で文化勲章受章者の宇沢弘文(うざわ・ひろふみ)氏が18日午前4時49分、脳梗塞のため都内の自宅で死去した。86歳だった。鳥取県出身。葬儀は近親者で済ませた。喪主は妻浩子(ひろこ)さん

宇沢弘文うざわ-ひろふみ

1951年に東大理学部を卒業後、米シカゴ大教授、東大経済学部長などを歴任。ミクロ経済学で優れた数学的分析能力を発揮し、マクロ分野でも業績を上げた。

 また、自動車の公害問題を分析した著作「自動車の社会的費用」は、環境経済学の分野で先駆的な業績と評価された。地球温暖化問題にも取り組み、「比例的炭素税」の導入を提案した。

宇沢(宇澤) 弘文(うざわ ひろふみ、1928年(昭和3年)7月21日 - 2014年(平成26年)9月18日)は、日本の経済学者。専門は数理経済学。東京大学名誉教授。意思決定理論、二部門成長モデル、不均衡動学理論などで功績を認められた。

1983年文化功労者、1989年日本学士院会員、1995年米国科学アカデミー客員会員、1997年文化勲章、2009年ブループラネット賞。Econometric SocietyのFellow(終身)。1976年から1977年までEconometric Society会長。経済学者の浅子和美、吉川洋、小川喜弘、清滝信宏、松島斉、宮川努、小島寛之、ジョセフ・E・スティグリッツは宇沢の門下生。数学者の宇澤達は長男。

得意の数学をいかして60年代、数理経済学の分野で数多くの先駆的な業績をあげた。経済が成長するメカニズムを研究する経済成長論の分野で、従来の単純なモデルを、消費財と投資財の2部門で構成する洗練されたモデルに改良。理論の適用範囲を広げ、後続の研究者に大きな影響を与えた。その業績の大きさからノーベル経済学賞を受賞する可能性が取りざたされたこともある。

年譜

1928年7月21日 - 鳥取県米子市に生まれる
東京府立第一中学校(現東京都立日比谷高等学校)卒業
1948年 - 第一高等学校理科乙類卒業
1951年 - 東京大学理学部数学科卒業、1951年から1953年まで同特別研究生
1956年 - スタンフォード大学経済学部研究員、1958年同助手、1959年同助教授
1960年 - カリフォルニア大学バークレー校経済学部助教授
1961年 - スタンフォード大学経済学部準教授、
1962年 - 経済学博士(東北大学) 博士論文:「レオン・ワルラスの一般均衡理論に関する諸研究」
1964年 - シカゴ大学経済学部教授
1968年 - 東京大学経済学部助教授、1969年同教授、1980年同経済学部長
1989年 - 東京大学を定年退官、東京大学名誉教授。新潟大学経済学部教授に就任
1994年 - 同大学退官、中央大学経済学部教授
1999年 - 同大学経済学部教授定年退職、中央大学経済研究所専任研究員、国際連合大学高等研究所特任教授
2000年 - 中央大学研究開発機構教授
2003年 - 同志社大学社会的共通資本研究センター所長

1928- 昭和後期-平成時代の経済学者。
昭和3年7月21日生まれ。シカゴ大教授などをへて,昭和44年母校東大の教授。のち新潟大,中央大教授,同志社大社会的共通資本研究センター長。最適成長理論の提唱など理論経済学ですぐれた業績をのこす。また公共経済学の立場から,「社会的共通資本」としての教育制度や地球環境問題などにとりくむ。58年文化功労者。平成元年学士院会員。9年文化勲章。21年ブループラネット賞。鳥取県出身。著作に「自動車の社会的費用」「近代経済学の再検討」など。

宇沢弘文氏、超絶有名だけど最後は同志社に関わってたとは知らなかった。 スティグリッツが門下生とか… 我が国も惜しい人をなくしました

宇沢弘文先生が亡くなられた。公害問題に強くコミットしてから社会的共通資本やコモンズ論を展開し、晩年は、TPPにも強く反対されていた。いわゆる知性と教養をもった重みのある知識人が、また一人他界された。残念です。黙祷。 goo.gl/dWczQM

宇沢弘文先生がお亡くなりになった。劣等生だったけど、多くを学ばせていただいた。合掌

宇沢弘文氏が亡くなったようだ。岩波現代文庫の『ケインズ『一般理論』を読む』もお勧めです。

宇沢弘文先生が亡くなられた。弟子筋の岩井克人さんに比べると必ずしも良い読者ではなかったが、『自動車の社会的費用』と『近代経済学の再検討』は熟読した(私は、一応経済学専攻なのです)。本当に尊敬できる数少ない経済学者の一人だった。ご冥福をお祈りいたします。

2010年東京外国語大学。 / “宇沢弘文と語る:経済学から地球環境、日米安保・沖縄まで - YouTube” htn.to/vKTopG

宇沢弘文先生死去。お悔み申し上げます。個人的には、大学に入った当時、日本は反経済学ブームというものがあって、その中核にいた人というイメージです。実際に必修科目でとった大学一年のときの指定原書はジョーン・ロビンソンとイートウェルの『現代経済学』(宇沢訳)でした。

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