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マタギ(山岳信仰 秘教)

古モンゴロイド・アイヌ、忍者や武道なども、広い意味では関連するのではないかと思う?

更新日: 2014年10月18日

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mi4n4nさん

「▼生き物の命を考える・・・」は私も同感、、
その一口 命一つ 日々絶えなく続く屠殺 膨大な犠牲の上 なのに人の様は如何?
by mi4n4n

抜粋、、
恵(めぐ)みの山を「神さま」にたとえ、山に入る前に水で体を清めた。クマを解体するときには、成仏(じょうぶつ)を祈(いの)る儀式(ぎしき)「ケボカイ」を営(いとな)み、頭を北に向けたクマの体に塩を振(ふ)り、呪文(じゅもん)のような言葉をとなえる……。信仰(しんこう)の厚いこうしたマタギのふるまいは、自然と共生(きょうせい)してきた暮らしぶりをいまに伝える。

 人類が自然環境との共生を求められて久(ひさ)しい。山に生き、野生動物に向き合ってきたマタギ文化の歴史的な価値を認め、国の文化財にしようという今回の取り組みは、狩猟用具や記憶(きおく)が散らばり、失われてしまうのを防ぐだけでなく、荒れていっている地方の山々を見つめ直す良い機会になる。(松崎敏朗)

抜粋、、
「熊。おれはてまえを憎くて殺したのでねえんだぞ。おれも商売ならてめえも射(う)たなけぁならねえ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰(たれ)も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしるんだ。てめえも熊に生れたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生れなよ」

抜粋、、
「おまえは何がほしくておれを殺すんだ」
「ああ、おれはお前の毛皮と、胆(きも)のほかにはなんにもいらない。それも町へ持って行ってひどく高く売れるというのではないしほんとうに気の毒だけれどもやっぱり仕方ない。けれどもお前に今ごろそんなことを言われるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食っていてそれで死ぬならおれも死んでもいいような気がするよ」
「もう二年ばかり待ってくれ、おれも死ぬのはもうかまわないようなもんだけれども少しし残した仕事もあるしただ二年だけ待ってくれ。二年目にはおれもおまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。毛皮も胃袋もやってしまうから」

引用、、
淵沢小十郎の「モデル」

賢治が盛岡高等農林学校研究生時代の土性調査などで、「なめとこ山」を含む現在の花巻市西方の山地を跋渉した時期に接したマタギが小十郎のモデルではないかと考えられてきた。1990年に牛崎敏也が、当時この地区で唯一マタギの家であった松橋和三郎(1852 - 1930)とその息子勝治(1893 - 1968)であるという説を発表し、その後もそれを補強する研究が行われている[2]。ただし、ここで「モデル」というのは賢治が猟師の姿を執筆するに当たって参考にした、という意味合いであり、ストーリーで描かれたようなキャラクターや境遇の直接のモデルではない点には留意が必要である。

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これに繋がる話しは少し読んだ事がある、、狩猟は止め趣味として山に入っている元マタギの男性が、ある時、山で野宿していると熊が現れ、見て空腹である事に気付き「腹が減ってんのか?、これしかねぇが食え、、これ食ったら帰れ」といって持っている食料を与えたのだとか

そして熊はその男性を襲う事もなく、出された食べ物を平らげると森の中に消えて行ったのだとか by mi4n4n
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抜粋、、
・・・マタギの火起こしの技術は天下一品である。私は幾度もこれをまねて、そのたびに失敗した。彼らはどんな雨の中でも、吹雪の中でもちゃんと火を起こす。これができないようではマタギとしての資格はないのだろう。・・・火が起こると一抱えも二抱えもあるような大木を立てかけてどんどん燃やす。一昼夜でも二昼夜でも、野営している間中燃やし続ける。こんな豪勢な焚き火は私はほかでは見たことがない。
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↑私はこれに通じる話をC・W・ニコルさんの番組で観た事があり、驚愕した、、マタギだったかどうかは覚えていないけれど?、(確か場所は西日本だったかと?)山に詳しい数人の男性達と雪山の屋外でコーヒーを飲みながらのトークの中で、

「こうした冬の山の中でも、深い雪の中でも、吹雪の中でも、また土砂降りの雨の中でも、彼らは火が起こせ、食べ物を見付ける事が出来、そして何日でも野営する事も出来るのだ」と

ナイフ一本あればよく、そしてナイフがなくても出来るのだと、、これは普通の登山家やサバイバーでも真似が出来ないと語られていた by mi4n4n

山に生かされた証・鳥獣供養碑の建立

1972年(昭和47)、和賀山塊堀内沢の奥深くに「お助け小屋」を完成させると、藤沢シカリは言った。「マタギは獲る事ばかりでは駄目だ。動物を養う心、霊する心を持たねばならない。帰ったら供養碑を建立しよう」・・・

1974年(昭和49)11月10日、見事に鳥獣供養碑を完成させた。当時、狩場を望む小滝川ダムは、現在のような道路もなく、山人しか歩かない杣道だった。マタギ仲間25名がリヤカーで資材を運び、苦労の末にやっと完成させた。

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▼生き物の命を考える・・・食事の時に「いただきます」という挨拶・・・これは、鳥獣の肉や魚、米、野菜などの「命」をありがたく頂く」という意味が込められている。人間は、毎日数多くの「命」を犠牲にして「生かして頂いている」。少なくとも我々の世代より上は、その事を肝に銘じて毎日を送るべきだと教えられてきたはずだ。ところが、食の「命」を全て金で買うようになると、「命」をありがたくいただくという実感がなくなってしまう。

 私たちは、直接生き物を殺さなくても、既に殺された牛や豚、鶏、魚たちをスーパーで買って食べている。それは「日々殺しを買っている」のと同じことだが、それを果たして意識できる人が何人いるだろうか。お金で何でも買い、口からあふれんばかりに食べている日本人は、食べることのありがたさ、自然(山)と人は「命」でつながっている・・・そうした実感を喪失しつつあるように思う。

平成の山神様・・・彼女は美容師のかたわら農業もこなす。夫・戸堀マタギを支え、その友人マタギにも笑顔を絶やさない。タケノコ採りの名人で、60kgものタケノコを背負い、山、沢を駆け巡る・・・私なら、立つことすらできない・・・とても凡人のなせる業ではない。いつの頃からか、平成の山神様と呼ばれるようになった。今は、孫5人の良きおばあちゃん。

現在、マタギを専業とする者はいない。マタギ文化も時代の流れには勝てず、滅びつつあることも確かだ。マタギ文化を残そうなんて、100%あり得ないというのが今の世の中の常識かもしれない。しかし、マタギの心と文化を残そうという不可能な夢を語り、それにチャレンジする人がいなくなれば、故藤沢シカリをはじめとした先人たちが生涯を賭けて残した遺産・お助け小屋も、鳥獣供養碑も、山を敬うマタギの文化も、あっと言う間に人々の記憶から消え去ってしまうに違いない。だからこそ、若返りを図った豊岡マタギ衆に期待したい。

「私はマタギたちと共にいく度かクマを追い、カモシカを追って奥羽の山岳地帯を歩いた。そのたびに、もう決して来ないぞ、と思った。苦しいのだ。険阻な岩窟、危険な雪渓、きびしい気候、不自由な生活、殊に都会で、歩くこともなく、贅肉をつけて生活していると、マタギたちと共に山達することは荒行のように苦しい。もう二度とくるもんかと決心する。

 それなのに私は、また来てしまうのだ。喘ぎ喘ぎ登って頂上に立ったとき、やっぱり来てよかったと思う。そして風に鳴る原生林のざわめきを耳にし、屋根に巻き上げる雪煙を仰ぎ、野生動物の姿をカメラで捉えたとき、私の喜悦は絶頂に達する。原始の世界が招く魅力は、私にとって何にも替えがたい。」(「マタギ・日本の伝統狩人探訪記」(戸川幸夫著)より)・・・お金や便利さでは決して手にすることができない「喜悦」のクライマックス・・・時代がいくら変わろうと、現代のマタギにも、山釣りにも相通じるものがあるように思う。

「かつて、集落において、犬は放し飼いが基本でした。集団行動をとる習性をもつ犬たちは自ら集団化して縄張りを持ち、集落の周辺に現れる野生動物を追いかけて圧力をかけていたのです」。

人間は遥か遠い昔からパートナーとして犬を飼って暮らしてきました。当然そこには「ペット」としてではなく、「番犬」としての要素が強く存在していたでしょう。現代のように鎖につながれていては、吠えたてるのが精一杯でネコ一匹、ネズミ一匹捕まえることなどできません。

ましてや、室内で飼われるのが珍しくなくなった今の時代では、犬による野生生物への圧力は失われてしまったとも言えるでしょう。

「放し飼いの犬が一匹、二匹いるだけではダメです。群れをなして行動するからこそ自分たちよりも大きなイノシシやシカ、クマなどに対しても脅威となるのです」

集団化した犬の存在が与える野生動物への圧力。かつては一般的であった犬の放し飼いという習慣にはそんな効力があったそうです。もちろん、現代においてもその効果は有効なはずですが、「誤って人を噛んだらどうするのか」、「犬が吠えてうるさい」、「畑が荒らされる」など、効果以前に「犬の放し飼い」という行為に対して地域社会の理解を得るのが難しい時代になってしまいました。

「世界中の狩猟採集民、農耕民のいる国家で、犬の放し飼いを禁止している国家はめずらしいのです。都市部での放し飼いの禁止は多くても、農耕地域や自然が残る狩猟採集民がいるような地域での放し飼いは当たり前なこと。日本においても人間の生き方の多様なあり方に即し、地域ごとに柔軟性のある制度をつくる必要があります」

私たちに必要とされているのは、「都市の理論」で地域を見ないこと。そして、「地域の現実」をきちんとした眼差しで見つめ、今何が本当に必要とされているかを見極めて行くことでしょう、と田口教授は指摘します。

これら一連の田口教授のお話を伺って、今後はクマの食物の豊凶状況に気を配りつつも、中山間地域の崩壊に代表される人間側の変化を再検証していく必要性が今後ますますたかまるといえそうです。

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これに繋がるかと思うのは?、熊やイノシシなどが出没・山を降りて来る地域でも、平気で犬を繋いでいる人達がいる事、、TV番組なども問題かと思う、、ま?番組などに出演する犬達というのはタレント犬なのだろうけど、、

最近だと?「ザ!鉄腕!DASH!!」「天才!志村どうぶつ園」などがそうかな?、カメラを据えてリードに繋いだ犬を撮影したりね、、なんて無神経なのかね?

私の親戚が青森の山の方に住んでいるのだけれど、ある時、同じ地域の知り合いの家で、リードに繋がれた飼い犬が、ツキノワグマに食べられてしまい、リードと首輪だけが残ってた、という事が起きたらしい、、山に住んでいる人達でも気付かない無神経な人達がいるんだね?

そうそう?、カナダかな?、白熊が現れるというのに、やはり犬達をリードで繋いでいる人達がいる、、全くどうかしてると思う by mi4n4n
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概要

抜粋、、
マタギの活動時期は冬季~春の芽吹き前の季節に集中している。

抜粋、、
ただ、すべてのマタギがマタギ小屋のようなベースキャンプを山の中に持っていたわけではなく、かなりの大規模な猟とならない限り日帰りの猟も多かった。万が一野宿することとなっても、大半は山の中の洞窟をシェルターの代替物として利用したり、その場しのぎの雪洞を掘ったりして野宿していた。また、故郷を遠く離れて何ヶ月間も猟をする旅マタギの場合は、「マタギ宿」と呼ばれる馴染みの農家に長逗留するなどしていた。場合によっては旅先で婿養子に迎えられるなどして、最終的にはその地にいついてしまったマタギも多いという。こうした背景により、マタギたちが持つ豊かな狩猟の技術の蓄積はじわじわと東北の各所に伝えられていったと思われる。

抜粋、、
槍や毒矢を用いた時代もあったと言われる。

抜粋、、
無事獲物を仕留めると、獲物の御霊を慰める儀式、獲物を授けてくれた山の神に感謝する儀式等が執り行われた。修験道に由来するというこれらの儀式はシカリが主催者となって執り行う。この際に唱えられる呪文はシカリを継ぐ者に対し、先代のシカリから師資相承で受け継がれた。これら各種の儀式や呪文については各マタギ郷毎に違いがあり、一定しない。

抜粋、、
これは、マタギの行う狩猟形態が、単独で行われるシノビ猟(獣の足跡を追跡し、仕留める猟)から、多人数で行われる巻狩りに移行したためであると思われる。
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宗教文化

マタギは、山の中ではマタギ言葉という特別な言葉を使い、里で使われる言葉が山で使われることを忌避した。例としては「死ぬ」を「サジトル」と言い、「クマ」を「イタズ」と呼ぶ、などである。また、それ以外にも口笛を吹くこと、女性と会話したり、身体に触れたりすること、鉄砲をまたぐことなど、禁忌事項も多くあった。厳しい雪山の自然に立ち向かってきたマタギには、「山は山の神が支配する場所、そして熊は山の神からの授かり物」「猟に入る前には水垢離(みずごり)を行う」など独特の信仰を持ち、獲物をしとめたときなどには特別の呪文を唱えるという。

マタギの信仰する山の神は醜女であるとされ、より醜いオコゼを供えることで神が喜ぶとされた。マタギ発祥の地と云われる阿仁では戦前まで、一人前のマタギとして集団に属する儀式(成人式)の際、新成人はハト(ペニス)をいきり立たせて狂い踊り、山の神との象徴的な交合を行って結婚をする儀式(クライドリ)が執り行われていた。これはマタギ衆以外に公言することが禁忌とされはばかられていたが、戦後の民俗調査での聞き取り記録で明らかになった。

これらの風習について、アイヌ文化の影響を指摘する声がある。また、マタギ言葉もアイヌ語との類似性を指摘されている。これらのアイヌ文化とマタギ文化の類似性は、紀行家の菅江真澄によって江戸時代から指摘されていた。

解説

山岳信仰は、自然崇拝の一種で、狩猟民族などの山岳と関係の深い民族が山岳地とそれに付帯する自然環境に対して抱く畏敬の念、雄大さや厳しい自然環境に圧倒され恐れ敬う感情などから発展した宗教形態であると思われる。山岳信仰では、山岳地に霊的な力があると信じられ、自らの生活を律するために山の持つ圧倒感を利用する形態が見出される。

これらの信仰は主に、内陸地山間部の文化に強く見られ、その発生には人を寄せ付けない程の険しい地形を持つ山が不可欠とされる。

そのような信仰形態を持つ地域では、山から流れる川や、山裾に広がる森林地帯に衣食住の全てに渡って依存した生活を送っており、常に目に入る山からの恩恵に浴している。その一方で、これらの信仰を持つ人々は、険しい地形や自然環境により僅かな不注意でも命を奪われかねない環境にあることから、危険な状況に陥る行為を「山の機嫌を損ねる」行為として信仰上の禁忌とし、自らの安全を図るための知識として語り継いでいると考えられる。

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