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akiratetsuoさん

日生学園とは

三重県津市白山町八対野に本部のある学校法人
1990年代までスパルタ教育を行っていたことで有名
学内での暴力事件や寮からの脱走、不審死なども相次ぎ1985年には、教師によって荒れた学園内の告発が週刊誌に掲載され、社会問題として取り上げられた

一日のスケジュール

水曜と日曜以外は朝4時起床

点呼、洗顔、着替え、清掃 を兼ねた心行(しんぎょう、と読み、これは学校独自のもので雑巾を持って足を大きく広げた状態で一心不乱に大声を張り上げながら床を磨く”ぎょう” です)を各部屋で10分、その後各階でも10分くらいやって全校生徒全員が道場(体育館) に集まり約1時間心行する

帰寮前に点呼 寮に帰り点呼、汗を拭いて制服に着替える、集団登校、食堂前に集まり

国旗、校旗掲揚(雨天は無し)食堂に入って朝食、校歌を歌う。

授業は午前4時間、昼食、午後1時間の計5時間

放課後
集団下校、点呼、ジャージに着替え清掃を兼ねた心行。集団マラソン(約6キロ)
帰寮、点呼、自習、階ごとに順番に風呂、食堂前に集まり国旗・校旗降納(おろす)、夕食、大抵なにかしらの歌を歌う。帰寮、点呼、自習、間食として牛乳とアンパン等のパンが出る(ちなみにタカツキパンという会社製)、自習、消灯。

自由時間はナシ。授業の休み時間、食事中、含め24時間私語禁止
さらに新聞、TV、雑誌、ラジオ、一切の娯楽が禁止

何も楽しみが無いのでいじめが娯楽の一つになっていた

日曜のスケジュールと寮生活

日曜は朝7時起床

点呼、洗顔、清掃を 兼ねた心行を15分くらい
全員食堂に集まり朝食、校歌等歌う、帰寮、自習、昼食(日曜の昼食は食堂ではなくパンが配られます)また自習ですが大抵は短い昼寝をさせてもらえます(短いと仮眠、長めだと誤睡)、自習、夕食、自習、間食のパン、自習、消灯。

これが何も予定が無い日曜のスケジュール

自由時間はナシ

寮生活では一部屋最高で48人まで入り、一つの階に四部屋
そこは1年から3年まで一緒なので下級生はとても気を使います
3度の食事や間食は先輩が口を付けるまで下級生は食べ始められません
洗濯物は当然一年がたたんで衣装ケースにしまいますし、布団も一年がたたみ一年は湯船につかることも許されない
基本先輩の命令に対しては絶対服従
先輩・教師からの体罰も日常茶飯事
パイプ椅子で何発殴られたり、一晩中正座させられたり、腕を肩からまっすぐ上げてそのままの姿勢で「動くな」
正座をしてホウキを棒を足に挟んでその上に人が乗るとかホッチキスを開いた状態で叩く(肌に針が刺さる)
国旗掲揚の時に教頭に叱られていて、ベルトを引き抜き金属のバックル部分で頭をぶっ叩かれて血が流れていて横にいた女生徒がハンカチで押さえようとしたのにそれをさせずに説教を続けた。など

病気の時はよっぽどじゃないと病院へは連れて行ってもらえない
風邪で熱が出たら教師の前で体温を測り、38度を越えないと休めない
40度くらいの高熱になっても病院へは行かせてもらえず市販薬のみ支給

学校から出られるのは夏、冬、春休み、校外の病院へ行く(許可制でなかなか降りない)部活の試合のみ

そんな学校なので脱走、自殺は多発

独自の変わった風習

授業中は机の脚の床に近い所をぐるっと回して付いているパイプに足を乗せたりそこより外に足を出してはいけない
授業の休み時間はトイレに行く以外で席を離れてはいけない
私語も禁止

学校の歌が10曲あり(校歌、応援歌、寮歌、等)入学して3日で暗記させられる
ほとんどの歌を歌う場合、腕を振りながら大声で歌う
返事は基本大声、この返事と歌で入学して3日くらいで大抵の人間は声が枯れ声が潰れる

制服は普段の制服と帰省用の制服の2種類あり、普段は下はズボン(女子もです)
上は薄いブルーのYシャツ、ネクタイ、上着として短い特攻服みたいなので、帰省服は下はズボン(女子はスカート)Yシャツは同じ、普通のブレザーに銀のネクタイ
校内では制服以外はジャージ のみ。靴、靴下は学校指定
下着は白のみ可

食事中、下級生は先輩のお茶が無くなれば注ぎ、先輩が食べ終えたら箸立てを差し出したり、先輩のお代わりを取りに行く

男子生徒の髪は五厘。散髪後に流すが真冬でも水

生徒は現金の所持が禁止させられていたので文房具等買う場合は購買部を利用するのですがその際購買帳に必要な物を書き、朝担任に提出。担任がそれを見てOKと判断した品のみ買える
飲めるのは水道水、熱いお茶、間食の時の牛乳のみ

言葉はある種独特
全校生徒の3割が愛知県出身、5割が関西圏。残りが他県なので色々混ざったみたいな言葉

雨具の所持も禁止
どんな雨や雪だろうと降られっぱなし

学校に住み込みで働く先生を教師、通いを講師と呼ぶ
大人である教師も坊主頭で生徒より1時間早い3時起床、生徒が 集まる前に道場(校内では体育館をそう呼ぶ)で心行を行う。教師も教頭から殴られる
個室を与えられ、喫煙、飲酒は構わないがヘタすると生徒よりも厳しい生活をしていた

生徒の多くが不良 、問題児だったためか、武道有段者やいかつい教師が多かった

当時生徒間で教師の何人かは教員免許を持っていないとの噂があった

食事はおせじにも美味くない
ぬるい麦飯、たまに小石の混入も。冷めたいおかず。味付けも不評
食事中も私語禁止。教頭がキレると途中でも箸を置いて説教を聞く
食事を中断して一時間以上の説教もあった

テスト前日は消灯後の勉強が許されますが自由ではなく慣例的な強制
ですが前日に教師が寮でテスト問題を発表してくれます
生徒はそれを書き写して自分で問題を解きます(回答までは教えてくれないので )
解いた答えを丸暗記すれば良いだけなので赤点なんか取る方が難しい
たとえ自分が解けない問題があったとしても一部屋に48人もいるので、周りに聞けば誰かしら答えを教えてくれます
教師がこんな事をする理由ですが 、点数が低いと教師自体の評価が下がるとか。赤点が多いと教頭から「何を教えている?」って殴られるからかもしれません

帰省

生徒は数日前から「あと何日で、何時間で下界だ~」と指折り数えてます
下界という呼び方は高校は山奥にあり、新聞、TV、等が無い隔離された状態だったので山の下プラス外の世界で下界と呼ばれていた

2日前から男子は全員頭を丸めます

当日はまず朝4時起床
心行(しんぎょう)、帰寮、清掃を兼ねた心行までは一緒ですが普段は制服に着替えるところを今日は帰省服を着ます

その後朝食をとり、食堂前に集合してマイクロバスで最寄り駅に向かいます
毎回かならずバスが校門を出る瞬間に拍手が巻き起こります
校門まで約2km、さらに駅まで15分、そこから大阪とかの西に行くものと名古屋とか東へ行くものとで分かれます
駅で全員集合してちょっとした話があり解散

休み期間は、夏休みは短く3週間強くらい、冬は20日くらい

一般生徒と違い帰省準備ができない人達がいます。それはクラブに入ってる人達
休みの期間に合宿があり、1週間の居残り
着替えや布団を持ってクラブごとに決められた教室に移動してそこで寝泊りしながら練習
とは言え普段の生活とは違い、7時起床で親からのお菓子やジュースとかの差し入れも出来ます

休み中の課題・宿題はゼロ
100%自分の時間となります

しかし休みが終わる数日前からまた指折り数えます「あと何日でまた地獄か」

現在の日生学園

昔ほどではないが、体質が変わっていない

~マラソン~
月曜日から土曜日まで毎朝、寮別のランニングが行われている
~車両に対する礼~
通行する車両に対し立ち止まり礼をするのが慣例となっています。校則に明記はありませんが礼の方法のプリントが配布されるなどもしているようです
~特異な合唱指導~
一言でいえば、必死な歌い方をさせる
今でも居酒屋の一部に普通とは違う大声を出して出迎えるようなところがありますが、そういった雰囲気
~異常な締め付け~
恋愛禁止の徹底、密会に対する強い処分、生徒の行動に対する監視など

日生学園の創設者は兵庫県出身の青田強氏ですが、すでに亡くなっています
現在の2代目理事長は青田強氏の息子である青田進氏がなっています
本質の変化が起きていない一つの理由なのかもしれません

不祥事
野球部・2010年に部員の暴力と喫煙などで警告処分を受けるなどしています。
柔道部・2009年には日生第三の柔道部員が練習中に死亡するという事故が起きています
自主練であったため担当教諭は立ち会っていませんでした
教諭は不適切な練習はしていないと主張しています

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