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【幸せの貯金!】徳を積む【人徳?財徳?】

徳を積むとは?

更新日: 2016年05月20日

face1000さん

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『徳』とは?

『徳』とは、幸せの素であり、ありとあらゆるものに化身することができるのです。
そういった意味では、この徳を『神の貯金』といえるかもしれません。

徳には2種類ある 陽徳と陰徳

「陰徳」とは 文字通り 人に知られず積んだ徳のことです。
  したがって 功徳を積んだことで表彰されたり 多くの人に その善行が知れ渡ってしまうと
  この時点で その徳は 陰徳ではなく 陽徳になってしまいます。
  では 陰徳と陽徳とでは どのように違いが出るのでしょうか
  「陽徳は その人1代限りの徳」で 「陰徳は 孫の代までつづく徳」です。

  事業の成功者や 社会的に出世した人 幸運な人生をおくっている人の家庭について
  家系図を作成して良く調べてみると 祖父母や父母が 陰徳を積んでいた場合が 多く見られます。
   例えば
  ○ 親が宗教家 道徳家で 一生の仕事を通して 徳積みがあった。
   ○ 公共や地域のために 私財を投じて 道路 橋 池 などを作ったり 修繕した。
   ○ 他人の子を 自分の子と同様に 可愛がり育てて成人させた。
   ○ 健康体の時に 粗食 減食を行ったりしている。
   ○ 衰えた社寺院や教会などの 修理 修繕に尽力した。
   ○ つねに笑顔で暮らし 怒ったことがない人。
   ○ すべてに 感謝の気持ちをもって生活している人。
  血統関係にある 祖父母や父母の陰徳積みのおかげで 子や孫は幸運に恵まれるのです。
  本人が成功したのは もちろん本人の努力もあるが 祖先が積んだ陰徳が働いているのです。

解りやすく言うと「徳」≠「どれだけの人を笑顔にさせたか」

献血も自分の血を他社の為に与えるという意味では徳積みになりますよ!!

自分に”徳があるのかないのか”気になるところです・・・。

徳分の少ない人(劫の重い人)とは?!、
ということでランク付けをすると、次のようになります。

一番徳のない人というのは、『早死や若死にする人』、
二番目に徳のない人は、『経済的、お金に困っている人』、
三番目に徳のない人は、『病気やノイローゼで苦しんでいる人』、
四番目に徳のない人は、対人関係、人間関係で上手く行かない人、
五番目に徳のない人は、好きな仕事に就く事が出来なかったり、仕事が辛くて仕方ない人、
六番目に徳のない人は、結婚相手や配偶者などで苦しむ人や結婚できない人。

というように、”徳のない人ランキング”というものは、こうした順位になるようです。

皆さんはいかがでしょうか・・・。

もし貴女が一番(もうこの世にはいませんが)や二番、三番あたりで相当苦しい思いをされているとしたら、
その劫はかなり深いものであり、現在、その劫を消化中といえます。

また、一から三番まではそれほどでもなく、四番目の対人関係で、悩む程度でしたら、貴女の背負っている劫はまだ軽いといえます。

そして、六番目の結婚相手で苦労している、結婚したいのになかなかよい縁に恵まれない・・。
という程度であれば、その劫はずいぶん軽いものといえるでしょう。

多かれ少なかれ人にはそれぞれ劫というものを背負って生きています。
もちろん劫もあれば徳もありますが、潜在意識の働きで、まず最初に劫を消そうとします。
つまり先に苦しんで、劫を消して、そして徳によって豊かな幸せをという順番になります。

人徳

人を惹きつける人、人間的魅力に溢れている人とは、徳の高い人といえます。
明るく素直で、礼儀正しくて、謙虚、感謝の気持を忘れない、とくに笑顔の綺麗な女性であれば誰からも好かれることでしょう。
魅力的な人というのは、引き立ててあげたいし、助けてもあげたくなりますね。

こうした人は、たいしたことができなくても知らず知らずのうちに『人徳』といわれる徳を積んでいるといえます。
人間的魅力を身につけるということは一朝一夕には難しいことかもしれませんが・・・、
徳積み、『愚痴を言わない』こんなところから始めてみましょう。

◎ 父母・祖父母の陰徳積みの主なもの    できるところ始め、陰徳を積みましょう
  1 人に徳積みを勧める
  2 他人の子供を引き取り 自己の費用で養育する
  3 人命を救う (表彰を受けると陽徳)
  4 放生 ほうじょう を時々行う (人に害のない生き物を放つ)
  5 雨具を施す
  6 自分の費用で運動し 人を教化する
  7 自己費用で 道路や橋などを作ったり 修繕する
  8 つねに衣食住を質素にしている
  9  聖者・賢人や神仏などをつくる発願者
  10  亡くなった人のために 親切心で”お経”を読む
  11 信仰心深く 日々修養をかさねる
  12 他人の善行を認め 誉める
  13 無縁墓を数人で祀る
  14 日々まじめに 同僚よりも多く働く
  15 財力・労力で 公衆の利益・利便のため 氏名を公にしないで尽くす
  16 家族に祖先の行徳を話し教え 自分をそれを実行する
  17 恩を忘れず 報恩行為を 続け行う
  18 生業 なりわい とせず 他人の病気を癒すことに尽力する
  19 迷信者と言われるほど ものの相学に注意する
  20 托鉢 たくはつ を業としない人で 功徳のために托鉢する
  21 水野南北 みずのなんぼく (文化年間の観相の大家)の教えを守る

財徳

世界では、億万長者が、毎日何百、何千という単位で誕生しているといわれています。

その反面、お金には縁のない人、お金が身につかない人、金運の全くない人もいることでしょう。(私も含めてですが・・・)

金運がない・・・一体何が原因なのでしょう。

大した苦労もせずに次から次へと金運に恵まれる、努力したことが必ず報われる、
そうして得た金銭は必ず身につき増えてゆく。
そんな人は、前世で多くの人に施しをしてきた人といえます。

しかし、その前世において自分にいくらお金があっても施しをしなかった。
困っている人を見ても知らぬそぶりで自分だけが裕福な暮らししてきた。

また、それほど裕福な暮らしぶりでなくてもやろうと思えばそれなりに出来たのに施しをしなかった。
こうした人は、今世でお金が身につかない、金運がない人生を送ることになるわけです。
このような金銭による施しを『財徳』といいます

金運のない人はどうすれば金運を得ることができるのでしょう?

一番の近道は、金運のない人、金回りが悪い人ほど、お金を寄付するとか、お金に苦しんでいる人、お金を必要としている人(例えば災害地・被災地などへの募金)などを助ける良き事に活用することです。

善用に施しをすることを『財施』といい、こうした財施をしない人は、いつまでも金運に見放された人生から抜け出すことは難しいといえるでしょう。

”私には、そんな人に施しをするような余裕はどこにもない・・・、”
『人に施すくらいなら自分で使ってしまったほうがマシ・・・』
と言っていては、ますます財徳を積むことが出来ず、貧乏なままの人生で終わってしまうことでしょう。

つまり金銭の施し(財施)をすることによって、そのお金で人を幸せにし喜んでもらえ、その分(人を幸せにした分)
初めて自分の喜び幸せに変える事が出来、金運がUPされるのです。

『貧乏な人ほど施しをする』

これが金運を呼び込む”運命逆転の法則”といえます

お釈迦様の素晴らしい教えの中に、「托鉢」があります。
托鉢とは、笠をかぶったお坊さんが、家々を回ったり、道路の脇に立ち、手に鉢をもってその中にお布施を頂くという行為のことです。

お釈迦様は、托鉢に向かう弟子たちに、こう言いました。
「お金持ちの家ではなく、貧しい人たちの家を回って、托鉢をしてきなさい!」と。
弟子たちは、驚きました。
「お金持ちの家から、お布施を頂くのではないのですか?」

これまで私は、托鉢とは僧侶が自らの糧を得るために、信心の布施を頂戴する修行だと思っていました。
しかし、これにはもっともっと深い意味があったようなのです

お釈迦様は、弟子たちに、こう言ったそうです。
「貧しい人たちというのは、今まで自分が貧しいと思って、他人に対して施しをしてこなかった人たちである。それ故に、貧しさから抜け出すことができずにいる。だから私たちが布施をいただきに行くのは、このような貧しい人たちを、その貧しさから救ってあげるためなのだから、貧しい人の家を回って来なさい。」

実に深い、素晴らしい教えです。
貧しい人がなぜ貧しいのか。
それは、自分のためにしかお金を使わない、だから貧しいのだということを見抜き、その人たちに布施(他人のためにお金を役立てる)の尊さを教え、それによって貧しさから救ってあげるのが、托鉢なのです。
托鉢に金額は関係ありません。
貧しさから抜け出す最初の一歩は、布施(寄付)をしたり、他人が喜ぶことのために、お金を使うことなのかも。

相手を幸せにするから幸せになれる法則

むかし、ある男がえんま大王様に会いに行き、天国と地獄というのは、どういう世界なのかを聞きました。
すると、えんま大王様は、男に、天国のようすと地獄のようすをそれぞれ見せてくれました。

まず地獄では、ちょうど食事の時間だったので、人々が、ながーいはしを持って大きいなべの前にあつまっていました。

この地獄では、ながーいはしで食事をしなければならない決まりなのです。

人々はながーいはしで、なべの中のごちそうをとって食べようとするのですが、あまりにながーいので、どうしても自分の口にごちそうがとどきません。

それでみんな、何も食べられずおなかをすかせ、やせこけて、他の人の食べ物を横取りしようとしてけんかばかりしていました。

えんま様は、次に天国を見せてくれました。

天国も食事の時間でしたので、人々は、地獄のと同じ、ながーいはしをもって、地獄のと同じ、大きいなべの前にあつまっていました。

天国でも、ながーいはしで食事をしなければならない決まりなのです。

天国の人々は、おだやかな顔をして楽しそうにごちそうを食べていました。

ながーいはしで、おたがいに仲良く他の人とごちそうを分けあっているのです。

こうして地獄にいる人々は自分のことばかり考えているために、いつまでもけんかをして何も食べられず、天国の人々はおたがいを思いやっているので仲良くくらせるのだ、とえんま大王様が教えてくれました。

徳と死

出典estar.jp

死とは、徳が切れたから訪れるものという。
人の運勢とは生まれながらしてにどれくらい決まっているものでしょうか。

一般的に、その人が前世で積んだ徳分(徳の量)の85パーセントが今世の運命を決めるといわれています。
つまり、生まれた時点で、その運命の大半がすでに前世の徳の量により決まっているといえます。

そして今世で積んだ徳の、15パーセントを今世で使い、与えられた寿命を延ばしたり、幸運を手に入れたり
しながらまた、来世に85パーセント貯金するといった具合で繰り返してゆくと考えています。

”運命の85パーセントがすでに決まっており、どんなにがんばってもその運勢は15パーセントしか変えることが
できない・・・”

がっかりする人もいると思いますので、もう少しお話しますと、たとえば、生まれながらにして10の運勢(徳分)を
持っていたとします。

今世に生まれ、大いに奮起し徳を仮に100積んだとしましょう。
すると、そのうちの15パーセントが今世の運にプラスされます。

生まれながらに持つ運、10に今世の15がプラスされ、その人は『25』の運(徳分)になります。
それは、生まれたときに持つ、元の徳分の『2.5』倍の運を得たことになり、ものすごい大変化といえるのです。

つまり、今世でどれだけ徳を積めるか、徳の量を増やすかによって、その人の運勢は大きく左右されるといえます。

世間から見て、あれだけ悪事を働き誰が見ても悪人といえる人が、若死にもせず、処罰されることもなく、
意外にも幸せな人生を送っているケースはまぁ・・あることです。

どういうことかというと、極悪非道な人でもそれなりに前世に積んだ徳分があるということ。

たとえば、前世から持ち越してきた徳分が『20』あるとしましょう。
今世で彼は、劫(悪行)を『マイナス100』積んだとします。

今世の運命に影響するのは、そのうちの”15パーセント”、元からある運(徳分)から『マイナス15』を差し引いても
『プラス5』になり、極悪非道な悪人ににもかかわらず、まだまだ使い足りないくらいの幸せを受ける権利を持っている
ことになります。

もちろん死後は、『マイナス85』という恐ろしい劫を持っているので、死後は間違いなく地獄行き、来世は相当苦しい一生になるに違いありませんが・・・。

後書き

愛が欲しいなら真心の愛を与える
お金が欲しいなら困ってる人にお金を募金する
幸せになりたいなら大切な人や周りの人を幸せにする
与える事で「巡り廻り自分に帰ってきます」
これが人生の本質です。



宗教の話ではなく、この世の他人は鏡みたいな存在です
貴方も誰かの鏡であり、良いことすれば巡り巡り貴方に帰ってきますよ
損得勘定がないギブ&ギブ精神で行きましょう

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