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imoaruonnaさん

拄杖は僧の携うる杖のこと

拄杖は僧の携うる杖のことなり、禅僧の之を携うる所以は、行脚の時危に乗じ、険を渉るに力を扶くるが為なり。昔仏の之を許されたる由縁に二あり、一には老痩無力の者、二には病身の者。(『国訳禅宗叢書』第九巻「国訳義雲和尚語録」三頁脚注)

南化と武田信玄公の禅問答

信玄公、惣別(そうべつ:あらゆること)出家衆(しゅっけしゅ)に対面は、毘沙門堂(びしゃもんどう)においてなさるる、とある。
たとえば、快川紹喜の弟子、南化玄興(なんか・げんこう)(一五三八―一六〇四)と信玄の問答を見ると、それを『甲陽軍鑑』品第四十には、
 「いかなるか是れ過去仏」
と、信玄は南化(なんか)和尚に問い、和尚はまた、
 「金烏(きんう)飛んで海に入る」
と答えている。金烏とは、金鴉(きんあ)ともいい、太陽の異称である。
信玄はさらに「いかなるか是れ現在仏」という問いには、
「暁天(ぎょうてん)、旧(ふる)きに依(よ)って一輪紅なり」(暁天依旧一輪紅)と答えている。
この二句は、かの『十牛図』(じゅうぎゅうず)中の頌(じゅ:詩文)からとられている。
それでは「いかなるか是れ未来仏」という信玄のさらなる問いに、南化和尚はいかに答えるのであろうか。
信玄は三際(さんざい:過去・現在・未来)の仏、つまり仏のありかたについて「時間的」には過現未のそれぞれの仏のありかたを問うて、どのように信玄自身は、とらえるべきか、について質問している

水は杖(つえ)をもって試む

仗とは、拄杖(シュジョウ)のこと。この仗は、人の丈(たけ)のほぼ二倍の長さという。病躯をささえたすけたり、あるいは行脚のときにたずさえるものという。
渡河のときには、この仗があると助かろう。水深を探るには、仗をもってする。したがってこれを「水は杖をもって試む(探る、ということ)」と表現する。
図像としては、黄檗(おうばく)の隠元(いんげん)禅師が描かれた図像には、この拄杖がそえて描かれている。

京都・万福寺蔵の拄杖(江戸時代、十七世紀)は長さ二一〇・五、最大径は二・八
(「禅―心をかたちに―」のカタログより)

名剣(吹毛剣:すいもうけん)ならば、毛を吹きつけてみると良い(わかる)

『碧巌録』第二十三「保福長慶遊山次」、あるいは「保福妙峰頂」にいわく、
「玉(ぎょく)は火をもって試み、金(きん)は石をもって試み、剣は毛をもって試み、水は杖(つえ)をもって試む」と。そのうち、
「剣は毛をもって試みる」とは、剣先に毛を吹きつけてみると、スパッとよく斬れるから、名剣かそうでないかがよくわかる、と。――これが、吹毛剣(すいもうけん)とよばれる名剣の由来である。
なお「真金ならば輝かず」ということばもある。これは、まがいものの金ならば、ぴかぴかと光るが、ほんとうの金ならば、偽物(にせもの)みたいに輝かない、という。

徳間書店版(吉田豊編・訳)の『甲陽軍鑑』品第五十三の当該箇所には「信玄の部下観察法」のタイトルがつけられている

甲陽軍鑑には、ちくま学芸文庫版(佐藤正英校訂・訳)、教育社版(腰原哲朗訳)などがある。

『甲陽軍鑑』:古人のいはく、金(きん)は火を以(もっ)て試し、人は言(げん:ことば)を以て試す(品第五十三)

金は火を以て試し:
「真金を識(し)らんと要(ほつ)せば、火裏(かり)に看(み)よ」(西村訳注『無門関』岩波文庫)

『甲陽軍鑑』中の「金は火を以て試し」は、『無門関』中の意をくんだものであり、金(きん)はほんらいならば、「石をもって試み」るのが正しい。つまり、試金石というではないか。
したがって、これは「玉(ぎょく)は火をもって試みる」のほうがいい。
これについては、
『淮南子(えなんじ)』第二巻俶真訓に「譬(たと)えば鐘山の玉の如き、灼(や)くに炉炭を以てす三日三夜にして、色沢(しきたく)変らざるは、則ち至徳なり。天地の精なり」と。(宝石は皆な純度が高いので、火を以て試みれば、ガラス製の代用品か、本物かということが直ぐわかる――加藤)


人は言を以て試す:
『従容録』第二十二「巌頭拝喝」の話に「人は語を将って探り、水は杖を将もって探る」とある。これは、雲門の高弟である洞山守初(九一〇—九九〇)の「人は語を将って試み、水は杖を将って試みる」がもともとの句。

また、
「玉は火をもって試み、金は石をもって試み、剣は毛をもって試み、水は杖をもって試む」(碧巌録第二十三「保福長慶遊山次」)二六一頁

恵林寺・快川紹喜

ザ・仏像仏画の世界

杜荀鶴(とじゅんかく)の詩

そのほか杜荀鶴にはまた次の詩が知られている。(「日国」より)
「漁舟の火の影は寒うして浪を焼く。駅路の鈴の声は夜山を過ぐ〈杜荀鶴〉」
「澗底に松揺ふ千尺の雨 庭前に竹撼かす一窓の秋〈杜荀鶴〉」澗底はたにそこ、の意。

この杜荀鶴は朱全忠のもとで翰林学士(翰林学士主客員外郎)をつとめた人物である。
朱全忠は朱温の名でもしられ、さいごの唐朝を滅ぼして後梁を樹立したが、もともとは黄巣(塩の密売人にして、唐末の起義〈一揆〉を首謀した)の部下である

道号とは   四字称号:四字連称

・道号 〘名〙 僧侶が適当な法階に進んだ時、師もしくは先輩から授けられる称号。はじめて仏門に入って得度する時につけられる法諱の上に冠する。禅宗では、道号二字、法諱二字の四字称号で、互いに意味の関連がある文字が選ばれた。また、その道号の典拠となる故事や文字の意味について説明する説や偈頌を別に作ってこれを祝うことが行なわれた。道号は、俗人の字あざなの風習の影響をうけたので字ともよばれる。(日本国語大辞典)

夏日悟空上人の院に題す

タイトル:夏日題悟空上人院(夏日悟空上人の院に題す)

三伏閉門披一衲(三伏門を閉ざして一衲を披る)
  衲:衲衣(袈裟ごろも)、披る:キる、カブる、の意
兼無松竹蔭房廊(兼ねて松竹の房廊を蔭う無し)
  松竹:寺院をとりかこむ植栽のこと、房廊:寺院の結構(室と廊下)のこと、の意
安禅不必須山水(安禅は必ずしも山水を須いず)
  安禅:こころしずかに(安んじて)坐禅すること
滅得心中火自涼(心頭を滅却すれば火も自ずから涼し)
  「安禅」以下の二句は、恵林寺の快川紹喜(かいせん・じょうき)禅師が、火焔裡(かえんり)にあってとなえた、さいごの文句としてよくしられているが、じつのところ、これは杜荀鶴(とじゅんかく)の詩より

三伏(さんぷく)の候(こう)

いつまでも猛暑、酷暑が続いている。

この酷暑のころを「三伏の候」という。
『和漢朗詠集』に、
 池冷(ひや)やかにして水に三伏の夏なし(源英明)

『碧巌録』第四十三則に、
如何(いか)なるか是(こ)れ無寒暑(むかんじょ)の処(ところ)。山(さん)云(いわ)く、寒時(かんじ)は闍梨(じゃり)を寒殺(かんざつ)し、熱時(ねつじ)は闍梨(じゃり)を熱殺(ねっさつ)す
と。「山」とは、洞山良价禅師のこと。闍梨は阿闍梨(おぼうさん)のことだが、つまりは、あなた自身ということ。
公案は「洞山の寒暑廻避(かんじょ・かいひ)」としてしられている
ある僧が、洞山和尚にたずねた、「寒暑が到来したならば、どのようにして廻避したらいいでしょうか」と。すると和尚は「どうして寒暑のない処(ところ)にいかないのですか」。僧いわく、「どのようなところが、寒暑のない処でしょうか」。
すると洞山和尚はこたえられた、というのが、前にしるした「寒時は闍梨を寒殺し、熱時には闍梨を熱殺す」というものである。

『碧巌録』第七十則の本則(ほんそく。公案)

『碧巌録』第六十五則「外道(げどう)、仏に有無(うむ)を問う」の本則(ほんそく。公案のこと)中にも、

「世の良馬(りょうめ)の、鞭影を見て行くが如し」

とある。(岩波版『碧巌録』)

世の良馬というものは、ひと鞭あてられて、それから奔(はし)りだすようではダメ、だということ。

七月二十八日夜、東京は颶風(ぐふう。暴風):台風12号

台風のため激しい雨。二十八日、雨や風は西よりに進路をかえて、東海に、四国や中国地方に再び災害をもたらすのではと危惧される

その後の情報によると、中国地方をぬけた台風は、九州に至るという。まこと、迷走の態をみせてきた

鞭影を察す快馬

馬の中の馬(快馬)ならば、ひと鞭(むち)をあてただけで、千里を行くというが、ほんとうの快馬ならば、それだけではない、鞭影(べんえい。むちかげ)を察しただけで、走る、という。つまり、そこになんらの間隙(すき)があったり、遅滞(ためらい)があっては、名馬とはよばれまい、と。

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