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日本人2人目の快挙! 富樫勇樹を待ち受けるNBAの試練 【バスケットボール】

日本人初のアメリカのプロバスケットボール・NBAプレイヤー田臥勇太から10年。富樫勇樹が遂に日本人2人目のNBA球団との契約を交わす。富樫勇樹と契約したダラス・マーべリックス(マブス)。まずはその傘下のテキサス・レジェンズで結果を出す事が求められる。NBAへの道をこじ開けられるか。

更新日: 2018年05月29日

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nyokikeさん

▼日本人2人目となるNBAチームとの契約を交わした富樫勇樹

ダラス・マーベリックス が富樫勇樹と契約したことを、16日(現地15日)に公式発表した。契約内容の詳細については非公表。

「開幕ロースター(登録メンバー)に残ったわけではないので、全てはこれからと思っている。NBAでプレーすることを目標に掲げてきたが、簡単なことではない」とコメントした。

日本人としては富樫がNBAのコートに立てば、サンズの田臥勇太(現リンク栃木)以来、日本選手で2人目となる。

▼バスケファンも祝福!

富樫勇樹すごいな 身長167でNBAだなんて やっぱり身長なんか関係ないだな

NBA入りは厳しいだろうけどDリーグで頑張って欲しい。日本のバスケ協会はもうかなりアレだからアメリカじゃなくてもユーロリーグなんかで日本人が活躍できるといいね。>マブスが富樫勇樹と契約した理由|コラム|スポーツナビ sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/basket/…

富樫にそんなダンクとかは期待しないけど170cmでもNBAでやれると見せつけて欲しいな

【NBA】マブス指揮官「富樫を迎えることができて嬉しい」 20日のプレシーズンゲームでベンチ入りも(ISM) - Y!ニュース headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141020-… 凄いな 頑張って欲しい。

▼富樫勇樹ってどんな選手?

身長167センチの富樫は米国の高校でプレー経験があり、昨季はbjリーグの秋田に所属。今夏、若手が競うNBAのサマーリーグにマーベリックスの一員として参加。
4試合に出場して平均5.3得点、シュート成功率46.7%の成績を残し、NBA開幕直前のキャンプに招待されていた。

的確なパスでチャンスを生みだし、時には素早いドライブからのスクープショットや、アウトサイドからのシュートなどで自ら得点を奪う。
ディフェンスにおいても体格で勝るアメリカ人選手に対抗するため筋力トレーニングを重ね、強靭な肉体で身長差をカバーしている

▼ダラス・マーべリックスはどんなチーム?

ダラス・マーベリックス(Dallas Mavericks)は、テキサス州ダラスに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。略してマブズ、マブスとも呼ばれる。ウェスタン・カンファレンス、サウスウェスト・ディビジョン所属。

2010-11シーズンに逆転でのNBAファイナル初制覇を成し遂げた。ファイナルMVPには平均26.0得点、10.2リバウンドを挙げたダーク・ノビツキーが選ばれた。

▼富樫が交わした契約とは

富樫がマブスと交わしたのは“ノンギャランティ”、つまり支払保証なしの契約だ。NBAではレギュラーシーズンに入る前のトレーニングキャンプに参加する選手は、開幕ロスターに残る可能性があってもなくても、全員が契約を交わす決まりになっている。富樫も含め、開幕ロスターに残る可能性が低い選手はノンギャランティの契約を交わし、開幕ロスターに残った場合はチームに在籍した間に行われた試合数に応じて契約で定められたサラリーが支払われる。
一方で、開幕前に解雇された場合、その契約は完全に破棄され、チーム側には一切の支払い義務がなくなる。

マブスが、富樫を将来のマブスのロスター候補とみなしていることは間違いないのだが、ネルソンGMが言っているように、現状では実際にロスター入りできる可能性は低い。

NBAの下部リーグ、Dリーグのチームで、マブスと提携しているテキサス・レジェンズに入れることだ。Dリーグはシーズン前にドラフトによって選手を各チームに振り分けるのだが、提携のNBAチームのキャンプに参加していた選手はドラフトを経ることなく、直接チームに入れることができる。マブスが富樫と契約した狙いはそこにあった。

いきなりNBAではなく、下部のDリーグで実績を積んでからマブスへステップアップする道のりであるようです。
年俸は3万ドル程度。

▼ちなみに日本人初のNBAプレイヤーは?

2004年9月6日、NBAフェニックス・サンズと契約した。
同年11月1日、フェニックス・サンズの開幕メンバーに登録され、日本人として初めてのNBAプレーヤーとなった。
その後、開幕戦を含む4試合に出場した(プレー時間は合計17分、7得点3アシストであった)が、同年12月18日に解雇された。

言わずと知れた超名門秋田能代工業高校で入学後、即スタメンとなり、3年連続で高校総体、国体、全国高校選抜の高校バスケットボール3大タイトルを制し、史上初の「9冠」を達成。

▼身長の低い日本人プレイヤーには険しい道

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