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聖杯への道を指し示すのだろうか…?『シャグバラーの石碑』

解明されたかもしれない、とのことで。なかなか中二心をくすぐる暗号でございます。

更新日: 2014年10月21日

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mimimi8さん

シャグバラーの石碑とは

1748年から1763年の間に、トーマス・アンソンがイギリスのシャグバラーに建てられた「羊飼いの碑」に刻まれたたった8文字の文。この文字は、アンソンが亡き妻に宛てた恋文とも、聖杯のありかを示していると言われているが解明されていないために真相は定かでない。

シャグバラー Shugborough はイングランド、ウエスト・ミッドランズのカウンティ(州とか県とかそんな感じのもの)、スタッフォードシャー(スタッフォード州)にあります。

この石碑の人物の下の部分、台座の部分にそれはあります。

暗号

O.U.O.S.V.A.V.V.
D. M.

8文字(左右を含めると10文字)から成る暗号。
何かの略称…だろうか?

1748年に建立されたと言われるその大理石碑はリッチフィールド卿の庭園内に位置し、フランスの画家ニコラス・プッサンの絵画を鏡像にした図と共に「D.O.U.O.S.V.A.V.V.M」という不可解な文字列が刻まれている。

碑文自体は明らかに古典的なものです。ラテン文字か、ギリシャ文字。

これまでの推測ではまず刻まれた碑文はそれ自体一切の意味はなく、単に後世の人間をからかうためのものであるという説、そしてもう一つは碑文それ自体には直接的な意味はなく、さらにどこかに隠された別のメッセージの解読の鍵となるという説が上げられている。

もしも刻まれた文字が誰かから誰かへと特定の人物に向けられたものである場合、解読作業は非常に困難を極めるであろう

重要なのは文字だけなのか?

シャグバラーのジェネラルマネージャー、リチャード・ケンプ氏は解読に当たっては単に石碑だけでなく庭園全体を考慮しなければならないだろうと話している。
「ブレッチリー・パークの解読者達も石碑の文字は単に並べられた文字ではなく、その位置、さらに羊飼いの石碑の角度、周囲のもの、庭園の全てが重要であると話していましたね。更に彼らは石碑に登りたいなんて話していました。何か重要なものが見つかるのではないかとね。」
更にケンプ氏によれば、かつてシャグバラーを建設し、石碑の製作を依頼したアンソン家は、聖杯伝説にまつわる多くの逸話を持つテンプル騎士団と強いコネクションを持っていたと話している。
「この石碑が、古来から世界最大の謎のひとつである聖杯の在処を指し示していると言われてきたことは事実です」。ケンプ氏は語った。

テンプル騎士団

テンプル騎士団は、十字軍の時代に聖地エルサレムで設立された騎士修道会(軍事力を備えたカトリック修道会)です。聖ヨハネ騎士団・ドイツ騎士団と並んで、三大騎士修道会のひとつに数えられます。

日本語では「神殿騎士団」「聖堂騎士団」などとも表記されます。修道会としての正式名称は「キリストとエルサレムのソロモン神殿の貧しい戦友たち」を意味します。

テンプル騎士団は、十二世紀から十三世紀にかけて、聖ヨハネ騎士団と共に十字軍国家における実質的な常備軍としての役割を果たしました。西欧各地に寄進によって数多くの所領を持ち、豊富な財力を背景に、聖地におけるイスラム教徒との戦いに従事しました。

1307年10月13日の金曜日、フィリップ四世はフランス全土においてテンプル騎士団の会員を何の前触れもなく一斉に逮捕します。テンプル騎士団は異端の汚名を着せられ、以後の活動を全面的に禁止することが決定されました。
1312年、ローマ教皇クレメンス五世は、フィリップ四世の意をうけて開いたヴィエンヌ公会議で、正式にテンプル騎士団の禁止を決定しました。

1314年、資産の没収を終えたフィリップ四世は、テンプル騎士団総長ジャック・ド・モレーらを、パリ市のシテ島の刑場で、生きたまま火あぶりにしました。

暗号は解読された…か?

ローン氏によれば、解読の結果、碑文を刻んだのは18世紀のキリスト教の異端セクト、シオン修道会※の信者であり、暗号の意味するところは、「Jesus (As Deity) Defy」、即ち、キリストの神性を否定し、キリストを俗界の預言者に過ぎないとしたものであるという。

(※Priory of Sion、 テンプル騎士団及び秘密結社フリーメーソンの母体とも言われている。また一部ではダーウィンやニュートンらといった歴史上の有名人もそのメンバーであった言われている。)

今回、この解読予想をブレッチリーパークに送った米国の匿名暗号解読者によれば、碑文に刻まれたメッセージは当時余りにも過激で、物議を醸すものであったため、暗号化されて石碑に刻まれたものであると推測しているという。

「失われた聖杯」の位置を指し示すものではなかったんですね。
それでも当時としては異端のキリスト≠神論を示す言葉、ってだけでも十分刺激的。

「失われた聖杯」それは歴史の闇の中に消えたまま。
だからこそ人々はそれを求めるのでしょう。

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