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オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)の生き方!ローマの休日で見せる魅力

オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)の人生についてまとめました。今、映像の中で見ても本当に素敵な女優さんだと思います。

更新日: 2015年07月14日

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misukiruさん

オードリー・ヘプバーン

当時は、ミュージカル調の音楽が入ったテンポの良い映画が多く、オードリー・ヘプバーンもそのような映画に数多く出演していたようです。

24歳、舞台「Gigi」を見た監督ウィリアム・ワイラーに認められ、「ローマの休日」に抜擢される。ラブ・ストーリー「ローマの休日」で映画初主演。

恋愛関係にあったかどうかはともかく、ヘプバーンとペックは終生の友人だった。

「ローマの休日」で共演したグレゴリー・ペックから、彼の友人で俳優や脚本、舞台演出も兼ね、スターダムへの道を登りつつあるメル・フェラーを紹介される。

メル・ファーラーと結婚

グレゴリー・ペックが開いたカクテルパーティーで、ヘプバーンはアメリカ人俳優メル・ファーラーと出会った。

夫となったメル・ファーラーは俳優としての名声はいまいちでしたが、長身でプリンストン出のプロデューサー、監督もこなし多くの才能にあふれた男性

この頃のオードリーは、既にタバコを1日数十本も吸うようになっており、イタリア人医師と結婚したのも、自分の健康状態を懸念した可能性があると言われています。

1969年に精神科医アンドレア・ドッティと再婚し、1970年に次男ルカをもうけるが、1981年に離婚。

母が あの”オードリー・ヘプバーン”だということをかなり成長してから知った

愛息ショーンのために離婚を避けたかったオードリーですが、限界を超えた彼女は決心1967年に別居を発表しました。

オードリー・ヘプバーンの作品の中で「数少ない失敗作」と言われる作品です。

オードリー・ヘプバーンの吹き替えを専門担当している声優の池田昌子が唯一、吹き替えをしなかった作品

健康に無頓着だったオードリー

オードリー・ヘップバーンさんは喫煙をやめられなかった方でしたが、晩年はしわくちゃでとても見られたものではありませんでした。

不幸に繰り返された流産

1955年に1度目の流産。1960年長男 出産。1966年2度目。1967年3度目。1970年ダンナさん違いの次男 出産。1974年4度目の流産。

ローマの休日(1953年)

戦争と平和(1955年)

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