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【保存版】慶應義塾大学出身の起業家まとめ

慶應義塾大学出身の起業家達をまとめてみました!

更新日: 2014年11月03日

Alex_23drumさん

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出典dimo.jp

1982年生まれ、東京都出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

2006年にリクルートより史上最年少取締役として株式会社ドリコムジェネレーテッドメディア(現:株式会社じげん)の創業に参画。さらに2008年、25歳の若さでリクルートグループの史上最年少代表取締役社長に就任。2010年、リクルートグループおよびドリコムグループよりMBOを経て、2013年11月東証マザーズ上場。

「在学中に1万人に会う」

飛び抜けた行動力で、学生時代に3~4万人の社会人と名刺交換。知り合いをつくろうと飛び込み営業や、タモさん方式で紹介してもらったり、新橋の駅前で「社長〜」と叫んでみたりと様々な手法で毎日100人以上に会おうと思っていたとか。この頃、サイバーエージェントの藤田さんや、ソフトバンクの孫さんなどから大きな刺激を受けたという。

起業したままリクルートに就職

大学在学中にはいくつものビジネスプランコンテストに優勝。2社のネットベンチャーを立ち上げ、その会社の代表取締役を兼任したまま、2005年に株式会社リクルートに入社。

1973年生まれ、東京都出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

大学を卒業後、就職せずにクックパッドの前身となる「有限会社コイン」を神奈川県藤沢市にて設立。1999年「kitchen@coin」から「クックパッド」へサイト名を変更。2009年、東京証券取引所マザーズへ上場。2011年、東京証券取引所1部に上場。

機械いじりが趣味の少年時代

小学校時代にコンピュータ「MSX」を買い、「FM77AV」に触れる機会を持つ。ロサンゼルスで過ごした高校時代にも機械いじりの趣味は続き、コンピュータの操作やソーラーカーの製作を行っていた。

毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす

大学を卒業すると、佐野は就職をせずに有限会社コインを立ち上げる。始めから会社に属することは考えていなかった佐野だが、どんな事業で会社を興すかはとにかく悩んだという。その結果、当時の彼が理念としていたのは「毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす」こと。これは今のクックパッドの理念と全く変わらない。様々な理想を考えたときに、それを徹底化しても自分の中に違和感、破たんが起こらないただ一つの理念が「食を通じて人々の笑顔を増やすこと」だったという。

1974年生まれ、東京都出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

1997年に大学を卒業後、株式会社リクルートに入社。
リクルートでは、メディアデザインセンター、電子メディア事業部に在籍し、ポケットイサイズの立ち上げに関わる。2000年株式会社サイバードに転職。エヴァンジェリストとしてモバイルコンテンツの普及を推進した。2001年、KLab社(当時、Kラボラトリー)取締役に就任。
2009年、KLab社にて親交のあった馬場功淳とコロプラ社を設立。同社副社長として、東証一部上場に導く。

1973年生まれ、千葉県出身
慶應義塾大学経済学部卒業

リクルートに入社。同社時代には新入社員で競う会社の名刺集め競争で関東ナンバーワンになった。その後、創業間もない楽天へ転職。楽天大学などさまざまな新規事業の開発にかかわる。
2000年マーケティングなどを手がけるトレンダーズ株式会社を設立し、代表取締役。 2012年10月19日東証マザーズに上場。

ビジネスを通して"女性の進化"をサポートしたい

「マーケティングやプロモーションの目的は企業と消費者をつなぐことだけれど、私はこの仕事を通して"女性の幸せ"を提案していきたいと考えています。その3本柱は"仕事"と"美"と"パートナーシップ"。働く女性のために、綺麗になりたい女性のために、パートナーとの関係を充実させたい女性のために、そしてそのすべてを叶えたいと願う女性のために、ライフスタイルを進化させるためのサポートをしていきたいと思っています」

営業力と仕事の速さを物語る逸話の数々

リクルートでは訪問先の名刺を集める営業推進キャンペーンで、一週間に550枚もの名刺を獲得。楽天では「中綴広告を出店者に売ってほしい」という要望に応え、一千万円を超える広告スペースを数十万円単位に区切って、これを4日で売り切った。

1974年生まれ、香港出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

1998年にカヤックを創立。鎌倉に本社を構え、「サイコロ給」や「旅する支社」などユニークの会社制度を作りながら、Webサイト、スマートフォンアプリ、ソーシャルゲームを制作する。主要事業のほかにもカヤックが運営する飲食店「DONBURI CAFE DINING bowls」の運営や2009年、ビンボーゆすりを科学したプロダクト「YUREX」の開発のプロデュースにたずさわる。

面白法人カヤックは学生時代の友人3人で共同設立

「卒業後は三人ともそれぞれ違う道を歩んでいました。だけど実は、何年後かに集結して面白い事をやろうと決めていたんです。一人は大学院、もう一人はアメリカ放浪に進み、僕は企業に勤めました」

給料はサイコロをふって決める

特注でつくったサイコロを、各自が毎月給料日前にふり、「(出たサイコロの目の数)%×基本給」が、給料の+αとして支給される「サイコロ給」と呼ばれる給与システムを導入。

1982年生まれ
慶應義塾大学看護医療学部卒業

大学3年と4年に米国MayoClinicで研修を受ける中で、Retail ClinicやIn-Store Healthcareの業態を知る。在学中より経営コンサルティング会社勤務。その後、東京大学病院で看護師として勤務しつつ、東京大学医療政策人材養成講座にてケアプロの事業を構想し、優秀賞”特賞”を受賞。慶應義塾大学SEA(ビジネスプランコンテスト)で”The best new markets award”を受賞。2007年12月ケアプロ株式会社設立。現在、自己採血によるセルフ健康チェックシステムと訪問介護ステーション事業を主に展開。

人々が安心して暮らせる豊かな社会をつくりたい

ケアプロは500円で血液検査ができる「ワンコイン健診」を展開する会社です。ワンコイン健診を通じて、一人ひとりが健康で生きることで、より健全な社会をつくっていきたいと思っています。私たちの健診がきっかけで、健康意識の高い自立した人々を増やすことで、国の医療費を大幅に減らすことができるんです。その医療費を、交通事故だったり、難病の方たちに使っていければ、もっと人々が安心して暮らせる豊かな社会になると信じています。

高校生の時から医療分野での起業を志していた

経営自体は高校時代から考え始めたんですよ。高校のあだ名が社長だったんです(笑)。父は大企業に勤めていて尊敬していたこともあり、将来自分は良い大学に行って、大企業に入って出世するというイメージを持っていたのですが、高校1年生の時に父がリストラに遭ってしまったんです。それを目の前にして、こんなあっけなく成功イメージがくずれるんだと思うと同時に、じゃあ自分はどうしようかなといろいろ考えたんです。「どういう社会変化が起きても、生きていける、仕事をつくっていける、ビジネスをつくっていける人間になりたい。」と思ったんです。それを実現できるのが起業だったんですね。

出典wired.jp

1981年生まれ、神奈川県出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

大学在学中に株式会社アップステアーズを創業。大学卒業後は、外資系消費材メーカーのユニリーバ・ジャパン株式会社へ入社。東アジア市場をターゲットとしたブランド開発・市場調査等のマーケティング業務に従事。同社退職後、慶應義塾大学SFC研究所員等を経て、2007年1月にコーチ・ユナイテッド株式会社を設立、代表取締役に就任。語学・楽器・スポーツなどの個人レッスンのマーケットプレイス「プライベートコーチのCyta.jp(咲いた.jp)」を運営。

「生活インフラになるレベルのサービス」を創りたい

とにかく、「すごいサービスを創りたい」「生活インフラになるレベルのサービス」を創りたいです。みんなが使っていて、それが生活になくてはならないようなものを。サービスの価値は、日常の中で「楽しくなった、良くなったと思う度合」×「そのサービスを使っている人数」であり、これを本当に大きくしていきたいと思っています。

1976年生まれ、東京都出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

99年に三井物産株式会社に入社。情報産業部門にてコンピュータ機器の輸入、システム開発、JointVentureの立ち上げに従事した後、米国シリコンバレーに転勤し、米国最先端ベンチャーの日本向けビジネス展開を担当。帰国後、社内ベンチャーの立ち上げやセキュリティ関連会社の出向を経て2007年に退職し、4人の仲間とともにSansan株式会社を創業。2011年にThe Entrepreneurs Awards Japan U.S. Ambassador’s(駐日米国大使賞)を受賞

「彼らがいたから世の中は変わった」そう言われるような会社にしたい

Sansanという会社があったから、世の中はこう変わったよね。そう言われるような会社にしたいということなんです。それは、創業前にメンバーが集まったときから話していました。アップルのように、彼らがいたから世の中が変わったという事業もあれば、彼らがいなくても、いずれ誰かがやっていただろうという事業もある。商社の仕事はどちらかというと後者でしたが、私がやりたいことは前者です。それを意識しだした頃から、子どもの頃からあった野心みたいなものが、何を意味するかが明確になっていきました

1972年生まれ、佐賀県出身
慶應義塾大学総合政策学部卒業

大学在学中に、有限会社リセットを設立、取締役に就任。同年10月、三菱電機株式会社よりISP立ち上げの依頼を受け、株式会社ドリーム・トレイン・インターネット( DTI)設立に参画、99年4月には同社最高戦略責任者に就任し「、顧客満足度No.1プロバイダー」に育て上げた。
2000年5月、株式会社フリービット・ドットコム(現フリービット株式会社)を設立。2007年10月、DTI を買収、2008 年9月に完全子会社化した。2007年3月20日東証マザーズ上場。第11回企業家賞受賞。

ネットを駆使した人間らしい生活時間の創造が理想

大学に在学していた1990年代前半はブラウザもない時代。石田はネットを普及させるために、何をすればいいかを考えた。そこで、思いついたのが当時全国に2000前後あった、個人が主催する電子掲示板システム(BBS)をネットワーク化していくこと。そのために、BBSを紹介する雑誌も発行した。
石田たちの活動は、プロバイダを設立しようと考えていた三菱電機の目にすぐとまった。プロバイダの設立を自社からの出向組とともに石田たちに任せた。こうして1995年にDTI(ドリーム・トレイン・インターネット)が誕生する。

出典u-note.me

1974年生まれ
慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了
ビジネスに必要なマーケティング力を身につけるため、株式会社博報堂に就職。2004年、同僚の田中禎人氏とともに株式会社エニグモを設立し、共同最高経営責任者に就任。ファッションがテーマのソーシャル・ショッピング・サイト“BUYMA”を成功させ、2012年東証マザーズに上場を果たす。著書に、『謎の会社、世界を変える。 〜エニグモの挑戦(ミシマ社)』、『やんちゃであれ!(ディスカヴァー・トゥエンティワン社)』がある。

変化に負けない強い企業カルチャーを築く。"やんちゃなココロ"と本質的な目線で世界を変えていく。

消費のカギを握るのは"個人"という確信

私たちが運営する“BUYMA”は、世界中の“個人(C)”が商品を選び販売するC to Cマーケットプレイスです。ECの普及に対して次に何が必要になってくるかと考えたときに、膨大な商品の中から「何をどう選ぶか」という観点だと思いました。自らも消費者である個人バイヤーなら、会社のように何が儲かるかという視点ではなく、純粋に消費者として何が欲しいかという視点で販売商品を選びます。だからこそ購買する個人にとっても魅力ある商品となるわけで、長期的に見て“個人”が消費活動において重要な役割を果たしていくと確信したのです。

1975年生まれ、愛媛県出身
慶應義塾大学総合政策学部卒業

大学在学中からソフトバンク社にて米国EC決済技術を持つサイバーキャッシュ社(現ベリトランス社)の日本法人立ち上げに参画。
2000年、株式会社ネットプライス(現ネットプライスドットコム)代表取締役社長に就任。2004年東証マザーズ上場。2007年、持株会社制へ移行。以来、インターネットの仕組みで人々の生活を豊かにするサービス創りと起業家支援がライフワーク。起業家と共に新しい事業を構築する「BEENOSプログラム」を運営と共に、スタートアップ支援のプログラム「Open Network Lab」の取締役&メンターを務める。

変化をやめたときに衰退が始まる

人も会社も、変化を志すことを止めてしまった時点で衰退が始まると考えています。世の中がものすごいスピードで変化していく中では、自分たちが何も変えないまま同じ場所に留まるのは難しい。現在、年商が100億円を突破しましたが、売上がいくらになっても、その気持ちは持ち続けたいと思っています。

1980年生まれ、北海道出身
慶應義塾大学環境情報学部卒業

東京大学大学院学際情報学府修士課程を修了後、2005年に株式会社サイバーエージェントに入社。アメーバブログ立ち上げに携わるほか、メディア広告、新規事業責任者、アメーバ事業本部ゼネラルマネージャーなどを経て、2011年に株式会社ワンオブゼムを設立。「自分たちが楽しく働かずに、楽しいコンテンツは生み出せるもんか」をポリシーに、モバイルゲームやアプリケーション事業などを展開する。

自分たちが楽しく働かずに、楽しいコンテンツは生み出せるもんか

日本もグローバルから見ればワンオブゼムな市場であることを謙虚に認めねばならない時代が今だと感じております。 また、これから大きな経済発展を遂げる新興国のエネルギーを感じるたびに、その国家の成長とともに、会社もスケールできる挑戦市場がそこにはあります。
我々の生み出したコンテンツは必ず世界に通用する。そんな強い思いをもって、私たちはこれからも「生み出し続ける」ことを忘れない会社を目指します。

1982年生まれ、宮城県出身
慶應義塾大学総合政策学部卒業

17歳の時にネパールを訪れ、女性の識字教育のNGOに参加。慶応義塾大学在学中に、トルコで女性の支援に向けたフィールドワークを半年行う。卒業後、化粧品メーカーのマーケティング部を経て、2009年にCoffret Projectを開始し、一般社団法人Coffret Project代表理事に。現在までに約5000点の化粧品を、ネパール、トルコ、インドネシア、フィリピンに届け、約1000人の女性に化粧のワークショップを提供。2013年2月、ネパールでの雇用創出のため株式会社Lalitpurを起業し代表取締役に就任、化粧品事業に取り組む。

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Alex_23drumさん

慶應経済4年のWebエンジニア