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北アイルランド紛争の「今日は何の日」をツイートするアカウントがある。

30年におよび、3500人以上の生命を奪った「北アイルランド紛争」。1998年4月の和平合意の後もまだ武装闘争を続けるごく少数の人たちもいるなかで、北アイルランド全体としては「紛争」を「過去」と位置づけ、「過去」への対処が模索されています。その「過去」を日々振り返り確認するTwitterアカウント。

更新日: 2014年11月05日

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nofrillsさん

北アイルランド紛争(1968~1998)

「北アイルランド Northern Ireland」は、アイルランド全32州のうち、北東部にある6州(北部6州)のことです。

俗に「アルスター」と言われますが、本来の「アルスター」は9州から成るもので、6州の「アルスター(北アイルランド)」は、「南」との分断を望んだ勢力の都合に合うように勝手に分けられたものです(アイルランドは長い歴史を有しますが、この境界線には、歴史的正当性は特にありません)。

「北アイルランド」はアイルランド島の中でも比較的土壌が豊かな地域で(西部のような過酷な環境ではない)、それゆえによそ者の入植、植民地化、搾取という悲しい歴史が刻まれてきたのですが、アイルランドなので先史時代の遺跡、中世の教会などの廃墟といったものもけっこう多くあります。

こんなかわいらしい場所で、あの「紛争」は起こりました。

「北アイルランド紛争」は1968年10月5日のデリー(ロンドンデリー)での公民権(「ひとり1票」)要求デモに対するロイヤリスト(プロテスタント過激派)暴徒と警察による暴力に始まり、1998年4月10日のベルファスト合意(グッドフライデー合意、GFA)で終わった低強度紛争です。(始まりの日をいつとするかはいくつかの考え方がありますが、コンセンサスがあるのは68年10月5日です。)

「終わった」あとも、まだ「終わらせたくない」勢力によって、だらだらと続けられてはいますが、北アイルランドの「脱軍事化、正常化」は着実に進んでいます。

英語圏(米語ではどうなのか知りませんが、英国とアイルランド)では、「北アイルランド紛争」は一般的にThe Troublesと呼ばれます。
http://www.bbc.co.uk/history/troubles
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Troubles

俗に「プロテスタント(系住民)とカトリック(系住民)の対立」と言われますが、「宗教が原因」ではなく、「宗教による差別待遇という社会的・政治的な問題が原因」です。

この「紛争」の当事者は3者です。

1. ユニオニスト/ロイヤリスト
北アイルランドが「英国の一部」であり続けることを望む人々で、主にプロテスタント。「北アイルランド」の政治を独占してきた。

2. ナショナリスト/リパブリカン
「アイルランド全島の分断解消、統一アイルランド」を望む人々で、主にカトリック。「二級市民」として差別されてきた。

3. 英国の治安当局・諜報機関
英軍、英国政府など。

1による2に対する暴力と双方の武装化を鎮火させるため3が「中立的勢力」として介入したはずが、3は実は1の身内で……という構図。

30年間で失われた人命は3500人以上、負傷者は47000人以上。

その「北アイルランド紛争」について、「今日は何の日」を日々ツイートしているアカウント

@ConflictNI amazing picture with the historical context - you continue to maintain an excellantly high standard

@ConflictNIのあるツイートに寄せられた反応。「歴史的な文脈も添えられているし、すごい写真ですね。あなたのアカウントは、非常に高い水準を保って運営されていますね」

@WorkerBob2 Thanks, however the journalists, photographers and authors who wrote about and covered the Conflict did all the hard work

「ありがとうございます。しかし、額に汗したのは紛争を取材し、それについて書いてきたジャーナリストやフォトグラファー、文筆家です」

@ConflictNI May be the case but you also do a first class job on twitter with presentation & within the 140. Always find them interesting.

「それはそうかもしれませんが、140字という制限内でのTwitterでのあなたの仕事は第一級です。どれを見ても興味深いです」

@WorkerBob2 @ConflictNI Yes, I agree. It is living history tweet by tweet.

研究者からもこの反応。「その通りですね。1つ1つのツイートが、生きた歴史になっています」

Who won the war- BBC documentary by Peter Taylor on the 20th anniversary of the Ceasefires, four parts youtube.com/watch?v=JQiC4e…

最近放映されたピーター・テイラーによるドキュメンタリー。「紛争」の終結に直接つながった1994年のリパブリカンの停戦、ロイヤリストの停戦から20年という機会に、北アイルランドを改めて訪れて、当事者たちに話を聞いています。非常に、濃い。

10月下旬のこのアカウントのログ(2014年投稿分)

▼10月中旬までの出来事(1976年の分が、10月下旬になってまとめてツイートされたもの)

A 100lb IRA bomb blast heavily damaged Andersonstown RUC barracks and wrecked nearby cars on 4 October 1976 pic.twitter.com/xIWQBgoFNd

1976年10月4日。(CAINデータベースには載っていません。)

アンダーソンズタウン(ベルファストの西、リパブリカンのエリア)の警察(RUC)施設がIRAのボム(100ポンド)で破壊された。

Victoria Gardens in Cavehill where Frank Nolan and his mother in law Catherine O' Connor were killed on 6 Oct 1976 pic.twitter.com/hJ6M9KqTfJ

1976年10月6日。ベルファストのヴィクトリア・ガーデンズでロイヤリストの銃撃により、「カトリック」の民間人2人が殺された。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch76.htm#Oct

The family of Frank Nolan are led away from their home after UDA gunmen killed Frank and Cathy O'Connor; 6 Oct 1976 pic.twitter.com/JRkV4lgsyp

承前。襲撃された家を後にする、被害者家族。

Fireman clean up after 16 IRA fire bombs exploded in Ballymena shops area, killing Yvonne Dunlop on 9 October 1976 pic.twitter.com/3KHDmf253I

1976年10月9日、バリミナの商店街にIRAのボム攻撃があり、イヴォンヌ・ダンロップさんが焼死。

この事件、知らなかったしCAINの年表にも記載がないので検索してみたら、この攻撃で有罪になった Tom McElweeは、1981年ハンストで死んだIRAメンバーの一人。
http://www.theguardian.com/uk/2001/may/20/northernireland.henrymcdonald

(この記事、読むと「アメリカ人ってバカなんじゃないの」と思うと思いますが、9-11で自分たちの身の上に降りかかるまではこんな感じでしたね。あの人たちはガンジーの非暴力と、IRAの武装闘争の区別をする必要があるということをまったく理解していなかった。「反英での闘争はすべてよいことだ」みたいなのもあった。それでいて、IRAが「ソーシャリスト・リパブリック」を掲げる「左翼ゲリラ」でリビアなどとのつながりがあったということをまったく知らなかったという……)

The milking shed at Peter Woolsey's farm near Portadown, where he was shot dead by UVF gunmen on 11 October 1976 pic.twitter.com/UG7gOSCNQs

1976年10月11日、ポータダウン近くで男性がUVFに射殺された。

16 Oct 1976- An IRA bomb at the Belfast Gasworks resulted in a spectacular fireball and the deaths of three IRA men pic.twitter.com/PLotyyZb6C

1976年10月16日、IRAがベルファストのガスタンクをボムって大炎上、ボムった3人死亡。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch76.htm#Oct

The skeleton frame of the gas holder at Gasworks after a premature explosion killed three IRA men on 16 October 1976 pic.twitter.com/CVnIRJoZUp

@ConflictNI. Remember this well,was on blacks mountain when sky lit up

「これ、はっきり覚えてます。空が照らされたとき、ブラック・マウンテンにいました」

ブラック・マウンテンはベルファストの西にある山で、市内を一望できる。ボムられたガスタンクはベルファスト市街地の南、オーモー・ロード。

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