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藤沢里菜 史上最年少の囲碁の棋士 女流本因坊となった女流二段 藤沢里菜脅威の母のしつけまとめ

史上最年少の女流本因坊となった藤沢里菜女流二段=7日、東京都千代田区(日本棋院提供)藤沢里菜 史上最年少の囲碁の棋士 女流本因坊となった女流二段まとめ

更新日: 2015年04月06日

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ilfkazuさん

藤沢里菜 史上最年少の囲碁の棋士 女流本因坊となった女流二段まとめ

史上最年少の女流本因坊となった藤沢里菜女流二段=7日、東京都千代田区(日本棋院提供)

藤沢 里菜(ふじさわ りな、1998年9月18日 - )は、日本棋院東京本院所属の囲碁の棋士。埼玉県所沢市出生の東京都新宿区出身。父は藤沢一就、祖父・師匠は藤沢秀行。
2010年、女流棋士特別採用にて11歳6カ月で入段。これは囲碁棋士のプロ入り最年少記録である。これまでの記録は趙治勲の11歳9ヶ月。女流では謝依旻の14歳4ヶ月がある(ただし謝は女流棋士特別採用ではなかった)。2003年から女流棋士特別採用試験の年齢制限(満15歳以上)が改正され無制限となったが、適用第一号となる。

2014年春に中学を卒業した後、囲碁専念のため、進学せず[1]。 同年6月27日、第1回会津中央病院杯・女流囲碁トーナメント戦を制し15歳9か月の女流棋戦史上最年少で優勝を飾った。(これまでの最年少記録は謝依旻が2006年女流最強戦優勝の17歳1か月。一般棋戦では井山裕太が2005年阿含・桐山杯早碁オープン戦の16歳4か月があるが、女流棋戦ながらその記録も抜いた)
同年11月7日、女流本因坊戦で向井千瑛女流本因坊を3連勝で降し、女流タイトル最高位を獲得し二冠となった。

藤沢里菜 記録

最年少プロ棋士 11歲6ヶ月(女流棋士特別採用)
最年少プロ棋士公式戦勝利記録 11歲8ヶ月
最年少女流本因坊戦本戦入り 13歲5ヶ月
最年少女流棋聖戦本戦入り 14歲11ヶ月
最年少公式女流棋戦優勝 15歲9ヶ月
最年少会津中央病院杯 15歲9ヶ月
最年少女流本因坊挑戦 16歲0ヶ月
最年少女流本因坊 16歲1ヶ月

藤沢里菜 昇段履歴

2009年4月1日 院生
2010年4月1日 初段
2013年10月4日 二段(勝数昇段)

平成22年入段(11歳6ヶ月で入段。女流棋士特別採用最年少記録)、25年二段。

2009年4月1日 院生
2010年4月1日 初段
2013年10月4日 二段(勝数昇段

2014年、新設の会津中央病院杯に優勝し、15歳にしてタイトルホルダーとなる。祖父藤沢秀行は名人戦、天元、棋聖など第1期のタイトル獲得が多く、「初物食いの秀行」と呼ばれたが、孫である里菜も初物食いを果たした。

藤沢里菜さん(16)史上最年少で女流本因坊奪取 賞金の使い道「プチぜいたくと貯金かな」

「勝てるとは思ってもいなかったので。大変うれしいです」

 対局を振り返る感想戦を終え、向井千瑛(ちあき)前女流本因坊が退室した後、ようやく笑みを浮かべた。7日の囲碁の第33期女流本因坊戦五番勝負を制し、16歳1カ月の史上最年少で女流本因坊のタイトルを奪取した。

 囲碁を始めたのは6歳。兄が囲碁を打つ姿を見て、「楽しそう」と思ったのがきっかけ。めきめきと力をつけて11歳6カ月でプロ入りした。

 祖父はタイトル獲得23期の藤沢秀行名誉棋聖。10歳のときに亡くなったため、教えを請う時間は長くなかったが、師匠として尊敬する。「私にとってはすごい存在。タイトルを取る前も今も全く変わりません」

 今春中学を卒業した後は進学せず、棋譜並べや詰め碁など多い日で10時間、勉強する。

入段5年目ながら、「対局することに慣れてきた。難しい場面にあっても慌てなくなった」と自己を冷静に分析。棋士仲間とカラオケや映画に行くこともあるが、それも月に1、2回。不断の努力が快進撃を支えている。

 今年6月、「会津中央病院杯 女流トーナメント」も女流棋戦の史上最年少で勝っており、これで年間の賞金・対局料は1千万円を突破した。男性も含めて約320人いる日本棋院棋士の中で、トップ10入りが確実になった。賞金の使い道を聞かれ、「おいしいものを食べたり洋服を買ったり、プチぜいたくと貯金かな」。

 酒好き、ギャンブル好きの豪快な生き方でも知られた祖父とは違う堅実路線で、囲碁界に新たな風を起こす。

棋士藤沢里菜(16)、24時間、365日母のしつけの驚異!

女流棋士の藤沢里菜さんは、まだ中学生。

16歳.jpg
(ネット上から引用させていただきました)


4年前にプロ棋士になったといいます。

スゴイですねえ!

こういう人って、やっぱり 「天才」 とよぶんでしょうかね?

なんでも、1日24時間、1年365日、
囲碁ばかりやってるという、いわば囲碁三昧の生活です。

平日は母親が自分の仕事を終えて、
夕、6時に保育園に里菜さんを迎えに行くそうです。
それから里菜さんと共に、碁会所へ。
1時間でも2時間でも時間があれば、練習します。

藤沢里菜さんは、帰ってからも
夜遅くまで詰碁の本を解いていたそうです。

6歳からプロになるまでは、テレビを禁止、
ゲームも止めさせたといいます。

保育園の友達と遊んだこともないそうです。

学校では、給食を終えると、夜の弁当を持って、学校まで迎えに行き、
里菜さんと共に電車で道場まで行きます。
土日は、子供の送り迎えと、
昼と夜の2回分の弁当を届けるため、
家と道場を4往復したのだそうです。


今、16歳。  これまでずーっとそんな生活を
送ってきたというのです。


ある雑誌で知ったのですが、

道場近くに引越したこともあり、
仕事も辞めて、貯金をおろして生活していたそうです。
「それだけ里菜に懸けていた」 と母親は、語っていました。


つまり、藤沢里菜さんは、学校の授業を、
受ける以外は、ずーっと、
碁会所に居たことになります。

つまり、26時間、365日、囲碁漬の日々を送っていると
言っても過言ではないでしょう。

それは、今まで、ほとんど変わらないそうです。

驚く事に、母親の口から、こんな言葉が、出てきました。

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