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アンネ・フランクの隠れ家における生活。ユダヤ人大虐殺とホロコーストの怖さ。

第二次世界大戦中は、ナチスドイツによってユダヤ人の迫害が行われました。その中で、オランダに逃れてアムステルダムで事業を営んでいたフランク家は、隠れ家で2年間生活しましたが、後に密国されて捕らえられます。その2年間の様子は、アンネ・フランクによって記録されて出版されました。

更新日: 2015年08月16日

misukiruさん

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ユダヤ人の多くの子供たちが強制収容所で殺されました。その中の1人が「アンネ・フランク」でした。

強制収容所で殺されたアンネ・フランク

アンネ・フランクは、隠れ家に2年間住んでいた所を警察に連行されて、強制収容所で死亡しました。

ユダヤ人のフランク家

ユダヤ人として比較的富裕な家庭で育ちました。第二次世界大戦が起こると、ユダヤ人に対する迫害が強まって、隠れ家で生活する事を決意します。

フランク・ファミリーは4名でしたが、他の家族4名を含めて8名で潜伏生活を過ごしていました。

オランダのアムステルダムの屋根裏部屋に潜伏しますが、ナチスの親衛隊に見つかってしまって、強制収容所で短い生涯を閉じる事になりました。屋根裏部屋で書いた日記が出版されて、世界中で有名になりました。

アンネの友人ハナ・ゲスラーの話ではアンネの父は楽観的でハナの父が「ヒトラーはユダヤ人を収容所で皆殺しにするつもりだ」というと「そんなことするわけない」と信じなかったそうです。

*アンネの父であるオットー・フランクは、第一次世界大戦でドイツ軍の将校であったというプライドもあったようです。

オットー・フランクと4人の協力者

オットー・フランクが潜伏できたのは、外部に4人の協力者がいたためでした。前列左端がアンネ一家を支援したオランダ人女性のミープ・ヘースさん。
前列中央の男性がアンネ・フランクの父親のオットー・フランクさん。

オットーは、「ドイツ人」としての自覚を持ちながら、ナチスによって社会的に「よそ者」に仕立て上げられてしまったといえると思います。

オットー・フランクはヴェステルボルグからアウシュビッツに最後に移送された1019名のうち生き残った男性45名の中に入れた。

*生き残った男性は僅かで、オットーがその中に入れた事も奇跡的でした。

アンネ・フランク一家の隠れ家

アンネ・フランクが隠れていたビルは、現在は『アンネフランクの家』として博物館として公開されています。日本からは、毎年3万人が訪れます。

1942年7月5日、マルゴに労働キャンプへの召集令状が届いたことを契機に、翌6日にはオットーの職場事務所の三階と四階を隠れ家にした篭城生活をスタートさせる。

*この頃には、既にユダヤ人の移動が制限されていたので、遠くに逃れる事が非常に難しくなっていたものと考えられています。

長いこと隠れ家を準備してたんでそこにひとまず隠れようと考えたと思います。世間にはスイスに逃げたということにして。

アンネ・フランクが隠れていたのは、オランダのアムステルダムの運河のほとりにある事務所の裏側でした。

現在、アンネ・フランク博物館として公開されています。

隠れ家の隠遁生活は、フランク一家(父・母・姉・アンネ)とファンダーン一家(おじさん、おばさん、息子)、途中一人者の歯科医デユッセルが加わって8人。

アンネ・フランク一家が隠れた扉の内側

隠れ家に通じる扉には、本棚が置かれており、その奥にアンネ・フランク一家の隠れ家がありました。

左側が事務所、右側の3,4,5階が隠れ家です。隠れ家は、表通りからは分かりづらいようになっていました。

私達の隠れ家の入り口は、いまではしっかりカムフラージュされました。クーフレルさんの思いつきで、ドアの前に本箱を置いた方がよさそうだということになったんです。下へ降りる時は、この戸口でまず腰をかがめ、それから、とびおりなくちゃなりません。
(1942年8月21日 アンネ・フランク)

アンネ・フランクの隠れ家は、8人で生活するには、とにかく狭いものでした。3階建ての建物には、8人分のベッドが並べられています。

アンネ・フランクの隠れ家には、3階部分にフランクファミリーが住んでおり、4階部分にファン・ペルス夫妻と息子のペーターが住んでいました。

アンネ・フランクが小さな部屋でできることは、日記を書いたり、勉強したり、同居しているペーターと恋愛する事でした。

隠れ家では,隠れ家住人の部屋の割り,食料の分配,机の利用時間,音を立てられないトイレとオマルや沐浴の利用,プライバシーの確保まで,住人相互の対立,葛藤,喧嘩があった。

壁に貼り付けられた雑誌の切抜きなどは、アンネ・フランク自身が貼り付けたものでした。

14才の多感な時期の女の子が狭い部屋で、しかも全く知らない男の人と始終いなければならないのは、辛いことだったと思います。

隠れ家におけるアンネ・フランクの恋

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misukiruさん

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