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バッターをキリキリ舞いにさせる「魔球」を持つピッチャー達

バッターをきりきり舞いにさせる必殺ボールを持つピッチャーたちをまとめました。藤川球児 武田翔太 伊藤智仁 田中将大 上原浩治 マリアノリベラ R・A・ディッキー

更新日: 2014年11月12日

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wickydayさん

藤川球児の「ストレート」

阪神タイガース→現シカゴカブス

ピンポン玉のように浮き上がっています。

武田翔太の「カーブ」

武田のカーブの秘密

独特の軌道を描く武田のカーブには「秘密」がある。
右手親指の爪だけ、5ミリほど伸ばしている。伸ばせば割れるリスクも伴う。やすりなどを使い、なるべく短く手入れする投手が大半だが「ボールに引っ掛けるんですよ」と明かす。
爪を食い込ませることで、グリップ力を高める。
その結果、大きく縦割れし、なおかつ120キロ台と速さもある魔球を生んだ。

現ヤクルトスワローズ1軍投手コーチ

伊藤智仁の「スライダー」

あの高速スライダーは捕手だからなんとか捕球出来ているが、もし自分が打者だったら絶対に打てない

ケガに泣いた野球人生だった。

「あのころは投手の分業制や投球制限に対する意識が低く、1試合で200球近い投球数になることもあった。今では考えられないくらい投げていたが、それが当たり前だと思っていた」
と伊藤。7月に右ひじを故障し、翌94年のキャンプで右肩を痛め最初の手術に踏み切った。

96年に復帰すると、97年には抑え投手として7勝19セーブを挙げカムバック賞を受賞した。153キロの自己最速もマークしたが、故障の不安が常につきまとった。
「僕の関節は柔らかいというより、緩すぎるんです。いかに周りの筋肉で補っていけるかが課題だった」。
筋肉や故障に関する知識を蓄え、シーズン中もほかの投手以上に筋力トレーニングに取り組んだ。「休むのが怖かった」からだ。

そんな努力にもかかわらず、右肩痛は慢性化していた。
99年には指先に血が通わなくなり、握力がなくなった。「右肩血行障害」。
肩の酷使で血管が圧迫されていた。右太ももの血管を移植してバイパスにする大手術を行った。だが、故障は上半身だけで終わらなかった。投球を支える下半身にも及んできた。

復活を期したが・・・

実戦の投球は、昨年4月の阪神との公式戦以来、実に1年6カ月ぶりだった。先頭打者はカウント2-2から136キロのストレートで見逃し三振に打ち取った。
「球は走っている」。自信を持って迎えた次打者への初球。右肩に強い痛みが走り、白球は大きくすっぽ抜けた。右肩関節の脱きゅう。
治ったと思っていた肩の故障が再発した。
「これ以上は無理やな」。自ら降板した。復活をかけたマウンドはあっけなかった。

再起をかけて約束のマウンドへ・・・

こちらも話題になりました。

田中将大の「スプリット」

東北楽天ゴールデンイーグルス→現ニューヨークヤンキース

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