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日本が銃社会にならなかったのは豊臣秀吉のおかげだった!

大河ドラマ「軍師官兵衛」でも竹中直人演じる豊臣秀吉が活躍しましたが、秀吉最大の功績は誰もが歴史の授業で習った’’刀狩り’’にあるってご存知ですか?日本が銃社会にならなかったのも秀吉のおかげなんです!

更新日: 2014年11月19日

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霧生幻さん

豐臣 秀吉(とよとみ ひでよし)/ 羽柴 秀吉(はしば ひでよし)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・天下人・関白・太閤。三英傑の一人。

「草履取り上がりの猿」から「人たらしの天下人」へ。貧しい農民に生まれながら、己の才覚と類稀なる人心操縦術でのし上がった男。天下統一を成し遂げ、日本史上最高の出世物語を実現した男ーーそれが豊臣秀吉である。

軍師官兵衛でも先日の放送で天下人・豊臣秀吉が最後の時を迎えました!

大河ドラマで1人の俳優が2度も同じ役を演じるのは、史上初だったという竹中直人。最初に竹中が大河ドラマで秀吉を演じたのは1996年に放送された「秀吉」。

豊臣秀吉最大の功績は誰もが歴史の授業で習ったこともある’’アレ’’だった!

秀吉は、農民らの反乱を防ぐため武器を徴収した。歴史の授業で習いましたよね!

実はこれが今の日本の安全な治安へと繋がっていきます!

最下層の身分から天皇の次の位(関白)まで上り詰めた、天下びと、豊臣秀吉。功績をあげるとすると、それは刀狩だろう。

日本は豊臣秀吉の時代に刀狩が行なわれ、それ以来、武士以外は武器を持つことが許されなかった。

豊臣秀吉の刀狩りに始まったとされる我が国の銃器規制は、江戸幕府にも継承され、明治維新後、法令として体系的に整備されました。
そして、第二次世界大戦後、現在の法体系に整えられることにより、世界でも例を見ない「銃器に縁遠い国」を形成することになり、「安全神話」が生まれました。

一般人民から武器を取り上げたのは、今の平和・安全国家に受け継がれている、現在風に言えばノーベル賞ものだと思う。

豊臣秀吉の刀狩りがなかったら日本も銃社会になってたかもと思うと秀吉万歳と思うよね。

しかし銃社会アメリカを見てると、豊臣秀吉の刀狩と明治の廃刀令は日本が誇る天下の名法やね。

日本は豊臣秀吉が刀狩をしてくれた。今日の平和は秀吉のおかげだ。武士の帯刀禁止令は明治に入ってから。戦後GHQにより再度刀狩が行われた。銃砲刀剣類所持等取締法は昭和33年制定。

日本が銃社会にならないのは秀吉の刀狩り以降、国民が武器を持つという事が無くなったから、らしい。そっか、じゃあやっぱ日本で革命が起きづらいのも国民が戦いなれてないからってことかな。400年も武器持ってないんだし。

アメリカでは遅々として進まない銃規制…

米国の銃規制が進まない背景には歴史的な要因もあるみたいです。日本と比較して考えると豊臣秀吉の功績が光って見えます!

アメリカ・コロラド州のコロンバイン高校で、2人の生徒が銃を乱射、13人が犠牲になった事件から15 年。事件をきっかけに銃規制を求める声が高まり、オバマ政権も規制強化に取り組んできた。しかし、アメリカ社会は賛成派と反対派に二分されたまま。コロン バインの事件の遺族や被害者の間でさえ、賛否が分かれている。

アメリカが世界で最も銃規制に緩いとすれば、日本は世界一銃規制が厳しい国である、両国の銃を使った殺人事件のデータはアメリカが9484で、日本が11件ということです。

開拓時代のアメリカでは、土地が広すぎて保安官は当てにならず、家族と財産は自分で守るほかなかった。インディアンの襲撃に備えて、誰もが銃で武装していた。このような初期値のちがいが、銃社会と銃のない社会という両極端のナッシュ均衡を生み出したのだ。

オバマは豊臣秀吉を見習うべきだ!!刀狩りのように、銃狩りをするんだ!!!!!

歴史の授業で秀吉の刀狩ってあんまり重視されてない感がある。銃社会であるアメリカを考えると、善かれ悪しかれその現代にまで及ぼす重要性は明らかなのだけど。

アメリカで銃規制が議論されているが、これだけ一般家庭に銃器が普及していれば、今からそれを無くすことは不可能に近い。時代が違うとはいえ、安土桃山時代の1588年に刀狩りを実施した豊臣秀吉は素晴らしいことになる。

そもそも刀狩りって何の為に行われたの?

1588年に、方広寺というお寺に大仏を建築するという名目で、材料にするために刀や鉄砲などの武器を差し出すようにとする法令が出されました。これが刀狩です。しかし実際には、大仏の材料にするのはたてまえで、農民の反乱を抑えるために出されたものとされています。

刀狩令以前は、庶民も武器を所持していました。刀狩の目的は庶民の武装解除が目的ではなく、武器の使用を規制するためだったといわれています。

刀狩の目的は厳密な兵農分離の徹底にあります。豊臣秀吉が天下を平定したことによって、農民が自ら武器を手に取らなくても武士が治安を維持できるという社会秩序の構築を目的としたものです。

農民出身の秀吉は農民の怖さを知っていたが為に規制に力を入れたのかもしれませんね!

当事の戦国大名たちは、一揆との戦いで、苦戦することが多かったのです。秀吉も、織田信長の部将として、一揆と戦い、結集した農民の戦う力の強さを、経験していたのです。

秀吉も農民出身ということで、一番農民の怖さを知っていたのかもしれませんね。

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