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有吉+マツコ<ナンシー関? 消しゴム版画家・ナンシー関の記憶

機知に富んだ消しゴム版画を添えたテレビ評論と、有吉とマツコ・デラックスを合わせた以上?の破壊力で、タレントやテレビのイラっとするところをバッサリと切り時代を画したコラムニスト、ナンシー関さん。2002年に39歳の若さで急逝した才能を悼み、没後12年となる今年、東京・渋谷で展覧会が開かれる。

更新日: 2014年11月15日

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tame2000さん

不世出の消しゴム版画家「ナンシー関」

本名:関 直美(せき なおみ)
1962年7月7日 - 2002年6月12日(満39歳没)
青森県青森市生まれの版画家、コラムニスト
法政大学文学部第二部(夜間部)中退

法政大在学中から消しゴム版画の腕前を認められ、93年には週刊朝日と週刊文春でコラムを執筆

著名人の似顔絵を中心とした消しゴム版画と、これを挿絵として使った、テレビ番組の視聴を通じて芸能人を批評するコラムで知られた

かつてテレビ業界を中心に大きな影響を与えていたことがあり、今や伝説的でさえある。

ナンシー関(享年39歳)は平成14年6月12日午前0時47分、虚血性心不全のため逝去しました。

...私の声がへんな理由は自己抑制にある。...「高い声を出す自分」を恐れている。「自分が白石冬美のような状態になることの恐怖」といってもいいだろう。

2002年に39歳の若さで急逝した才能を悼み、没後12年となる今年、東京・渋谷で展覧会が開かれる

出典ameblo.jp

渋谷のパルコミュージアムでは今月14~25日に「顔面遊園地 ナンシー関 消しゴムの鬼」と題した大規模な回顧展が開かれる。

本展覧会ではのこされた生ハンコや原稿などを展示、年月を経て、その見破りがどれほど的確であったかがわかるものも数多い。

ナンシー関の偉業がひしめく遊園地へようこそ

ナンシー関は「消しゴム版画」というアートの分野を作ったパイオニア

そんな等身大な姿勢が、思わずくすりと笑ってしまう適度な「毒」もある世界観を生み出しました。

なぜ消しゴム版画家がテレビ業界に影響力を持ち、伝説にまでなっているのか

「消しゴム版画家を名乗っていましたが、やはりコラムを抜きに彼女を語ることはできないと思います」

『コラムニストとして100点。それに消しゴム版画を加えて120点。さらに横に添える一言で130点』

山藤章二さんの言葉

今も後継者を狙う書き手は見受けられるものの、だれも足元に及ばない不世出のコラムニストだ。

「でも『コラムニスト』というと大上段でエラそうで嫌だったのでしょう。サブカル的な自意識からか終始肩書きは『消しゴム版画家』で通していました」

ナンシー関は頼れる門番だった。その目とカッターで整理されれば、鬱陶しい有名人も、ダメな番組も、ろくでもない世の中すら笑える。楽しめる。

「テレビについてのコラムは驚くほど早く鮮度が落ちて、2、3年も経つと本当に気が抜けたようになっちゃうものなんですよ。でもナンシーのコラムは今でも全然色褪せない。他の人のものと読み比べると違いは一目瞭然です」

シニカルで軽妙な語り口で書かれる辛辣かつ愛情に満ちた芸能界への視点にはファンも多く、業界関係者にも生前から高く評価されていた

ナンシーが亡くなってから、世の中で何か起こるたびに、ナンシーならどう書いてくれるか、と思う人は多い

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