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いつも明るい松岡修造の過去が壮絶すぎる…

錦織圭の活躍で再び脚光を浴びている松岡修造。日めくりカレンダー「まいにち、修造!」の売上も絶好調。彼はなぜこんなにも熱いのか。その熱さに隠された、冷たく暗い毎日。

更新日: 2017年05月16日

REVAMAVERさん

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「太陽神」こと松岡修造

「太陽神」の愛称で呼ばれ、「松岡が日本を出ると気温が下がる、帰国したら気温が上がる」という事例がこれまで何度か報告

こんなに寒いとどうしても松岡修造の居場所検索してしまう

我らが太陽神、松岡修造が熊本に来てたんか… だから今日暑かったんかな〜

修造の熱さはこんなところでも

もういっちょ。修造てるてる投下!“@typhoon__bot: 台風19号の被害を最小限にとどめるための、最も効果のある方法。 pic.twitter.com/4DRRZX4PtH

“@shoko0921py: 本当は天気予報で 3日間とも雨だったのに てるてる修造のおかげで 全部晴れた!!☀️☀️ ありがとう修造様。ばいばい☻ pic.twitter.com/TvdSvVsSF2” ほんと修造には感謝感謝です

修造の熱さの源は?エリート街道を外れた過去

曾祖父:小林一三(阪急東宝グループ創業者)
曾祖叔父:田邊七六(衆議院議員)
曾祖叔父:田邊宗英(後楽園スタヂアム社長)
祖父:松岡辰郎(東宝社長)
従祖叔父:田邊圀男(総理府総務長官)
父:松岡功(東宝名誉会長)
母:千波静(宝塚歌劇団卒業生)
妻:田口恵美子(元アナウンサー)
兄:松岡宏泰(東宝東和社長)
義兄:辻芳樹(辻調理師専門学校校長)
義伯父:小林公平(阪急電鉄社長)
従叔父:鳥井信一郎(サントリー社長)
従兄:小林公一(阪急阪神HD取締役)

それよりも松岡修造さんの曾祖父というのにびっくりだ、華麗なる一族!

こうしてみると一族の多くがビジネスの世界で大きな成功を収めていることがわかる。

松岡自身は慶應義塾幼稚舎・慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校と進学後、テニスの道を究めるため、家族の反対の中、テニスの名門である柳川高等学校に編入。

資金の援助はなし…プロ転向後は貧しい日々が続いた

そこには想像を絶する冷たく暗い日々があった。

父からはプロ転向に際し一切の援助は行わないと条件を付けられており、松岡はまず金銭の工面に苦労する事となった。

当初は貧窮に堪えながら世界中を転戦した。ホテルの朝食に出たクロワッサンを隣のテーブルから盗んで食べたこともあったという。

床で眠る毎日。いつも励まされた一枚の写真

宿泊するのは3流以下の安モーテルの一室で、更にそれを知り合った外国人選手と折半。ランキングが下の松岡はいつも汚い床の上で寝た。

修造「海外を転戦するときには富士山の写真を必ず持っていったものです。気持ちが崩れそうになると、その写真を取り出していました」

そんな修造を襲った度重なる大ケガ…左足首の全靭帯を断裂

89年にヒザを痛め2度にわたり手術、厳しいリハビリの末にツアーに復帰を果たすが、90年のセイコースーパーテニスでは足首の靭帯を損傷。

左足首の3本の靭帯全てを断裂するという大怪我を負い、選手生命さえ危ぶまれた。

それでも松岡は壮絶なリハビリに耐え、なんと翌年にツアー復帰。不屈の精神で這い上がる。

孤独な自分を奮い立たせるため「エースをねらえ!」全巻を持ち歩く

松岡は『エースをねらえ!』に憧れてテニスを始め、海外遠征の間はいつも全18巻を荷物に入れて愛読していた。

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スポーツのこぼれ話をまとめています。