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震災前の緑風荘の火災…人命を救ったのは”座敷わらし”のおかげ?

座敷わらしが出没するとして有名な岩手県二戸市にある宿”緑風荘”。5年前に火災で全焼してしましましたが、怪我人はゼロ。この火災によって「助かった」と経営者の方は語りました。

更新日: 2014年11月24日

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座敷童の伝承の最も有名なものは、座敷童にいる家は栄え、座敷童の去った家は衰退するということ。こうした面から、座敷童は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされる

説話などには座敷童が去った家の一家が食中毒で全滅した話などもあります。火災も座敷童が去ったから起こってしまったのでしょうか?

■「火事になったことで助けられた」緑風荘の経営者が語った

「実は母屋も新館もだいぶ土台が傷んでいたんです。改修しなければいけなかったけど、3年先まで予約が切れずに入っていたので、できなかった。火事は東日本大震災の1年半前ですが、あの地震がきたら倒壊して犠牲者が出ていたと考えられます」

「また直前は満室がずっと続き、働いている家族は休みが取れずにいつ倒れるかという状態でした。火事で犠牲者は1人もいませんでしたし、旅館だけが燃えて、すぐ隣の家には延焼しませんでした。後から考えると火事になったことで助けられたというか、守られたとさえ思います」

経営者の五日市洋氏さんの話

・火災の直前、座敷わらしの目撃談などの不思議な現象が多く見られたという

8月には家族連れが宿泊したのだが、子供だけなぜか夜中に目が覚めた。その子供がトイレにいくと、見知らぬ子供がいたので、しばらくジャンケンをしたという

火災が起きたのは2ヶ月後の10月

火事の当日、その人が燃える様子を見ていると、見知らぬ子供が敷地内にある亀麿神社に逃げ込むのが見えた

また、「逃げろという声を聞いた」という宿泊客もいたそうです

緑風荘の敷地に隣接して親せきの方の家がある。その家から外に嫁いだ娘さんが出産のため、帰郷しようとしていた。ニュースで火事の話を聞き、ダメかなと思いながら戻ったが、自分の家はまったく無傷なので驚いた

ちなみにこの逸話を聞いた緑風荘のご主人は、「座敷わらしがお腹の赤ちゃんのために守ってあげたのではないか」と言った

■現在座敷わらしはどこへ?

更地となった緑風荘跡には、座敷わらしを祀った「亀麿神社(かめまろ)」だけが残された

亀麿とは、南北朝時代に「末代まで家を守り続ける」と言い残し病死した幼児。子孫である五日市家が戦後に緑風荘を開業し、亀麿は「座敷わらし」として槐の間に住み着いた

座敷わらしが人々に幸運をもたらしているという伝説の由来です

・地元の人の話によると、現在は亀麿神社にいるのだそう。だた、アチコチ散歩をしているらしい

ちなみに亀麿はまだこの神社にいるのだろうか?ー「そうですね、ただアチコチ散歩しているみたいですよ。お客さんの中でも気に入られた方のお家まで行くこともあるみたいです」

「"昨晩、私の家に来ました"とお客様から電話で伝えてもらうんですよ。山形や新潟や長野......いちばん遠くだと沖縄の人もいましたね」

ずいぶん遠出をしているみたいです

■そして現在、緑風荘再建への動きが進んでいるという

緑風荘を経営していた座敷わらし(二戸市)は1口3万円のファンドを1734口募集する。ファンドはミュージックセキュリティーズが組成する。この資金を含め計3億円で旅館を再建する

再建される旅館は、南部曲がり家の母屋と風呂場の棟からなる。延べ床面積は約1000平方メートルで、宿泊部屋は10室。ことし中の着工を予定

「早く再建して、座敷わらしの遊び場を作ってあげなくてはと思っています」と経営者の五日市洋氏は言っております

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