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元ヤクルト・岩村がBCリーグの兼任監督に就任!独立リーグを盛り上げる元プロ野球選手達

ヤクルトから自由契約となっていた岩村明憲選手がBCリーグに来春から参入する「福島ホープス」の初代監督に就任することが発表されました。岩村選手は現役続行を希望しており、選手兼任監督となる予定で選手としての活躍にも注目です。

更新日: 2014年11月27日

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rk2014さん

ヤクルトから自由契約となっていた岩村明憲がBCリーグの兼任監督に就任!

生年月日:1979年2月9日
ポジション:三塁手、二塁手
投打:右投左打
選手経歴
ヤクルトスワローズ(東京ヤクルトスワローズ )(1997 - 2006)
タンパベイ・デビルレイズ(タンパベイ・レイズ) (2007 - 2009)
ピッツバーグ・パイレーツ (2010)
オークランド・アスレチックス (2010)
東北楽天ゴールデンイーグルス (2011 - 2012)
東京ヤクルトスワローズ (2013 - 2014)

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグに来春参入する「福島ホープス」が27日、初代監督にヤクルトを自由契約になっていた岩村明憲内野手(35)が就任すると発表した。

岩村は宇和島東(愛媛)から96年ドラフト2位でヤクルト入り。07年からデビルレイズ(現レイズ)でプレーするなど日米通算5球団で活躍した。36歳となる来季も現役続行を強く希望していただけに、選手兼任となる。

 28日午前に福島県庁で就任会見を行い、午後には新潟・長岡市でのドラフト会議に出席する。

岩村が新たに選んだのは、復興を目指す福島での「選手兼任監督」という挑戦だった。関係者によると、10月上旬に監督就任を要請され、26日に正式に受諾した。

岩村らしい決断だった。古巣ヤクルトからの退団が決まっても「99%無理でも1%でも望みがある限り、やってみたい思いがある。いい意味で見返したい思いは強い」と現役続行を希望。古巣で引退するという格好いい引き際も考えられた。それでも「まだできる。このままじゃ終われない」と、泥まみれになってもユニホームを着続ける覚悟を決めていた。

岩村、独立リーグに行くんか。 しかも、選手兼監督。

岩村さん福島の監督やるのかよ!! やべえ!!まじかよぉ!!

福島ホープスの監督、岩村!!応援したくなってきた。

BCリーグとは何?

BCリーグ 北信越5県と関東1県で活動するプロ野球独立リーグ。07年発足時に長野(信濃)、石川、富山、新潟の4県に各1チームずつ配置し、08年から群馬、福井が参入。2地区制で、6球団によるリーグ公式戦は1球団あたり年間72試合。今年6月に埼玉(武蔵)、福島の新規参入を正式承認。来春から計8球団となる。「福島ホープス」は福島県初の球団で、GMを元巨人、西武で投手だった小野剛氏(36)が務める。

元プロの有名選手達も多数在籍したBCリーグ

野球の独立リーグ・ルートインBCリーグ群馬は14日、アレックス・ラミレス外野手(40)が今季限りで現役を引退すると発表した。NPB時代にはヤクルト、巨人、DeNAに在籍。通算1744試合で2017安打、380本塁打と活躍した。今季から打撃コーチ兼任として群馬に在籍していた。

現在の肩書はシニアディレクター(SD)。ボランティアで報酬はない。

将来は日本のプロ野球で監督をするのが夢と語っているラミちゃん。

150キロを超すストレートと縦に鋭く落ちるスライダーを武器に日米通算176セーブを記録。

96年ドラフト2位で近鉄に入団した大塚氏は、2年目の98年に最優秀救援投手に輝くなど抑えとして活躍。03年に移籍した中日では現在の谷繁兼任監督ともバッテリーを組んだ。その後メジャーにも挑戦してパドレスなどで活躍し、日米通算176セーブをマーク。06年の第1回WBCでは日本代表の守護神も務め、王ジャパンの世界一に貢献した。

2013年5月、独立リーグ「ベースボール・チャレンジ・リーグ」の信濃グランセローズへ入団することが決定。登録名も本名に戻すことになった。6月8日に中野市営野球場で記者会見を行い、正式に入団した。だが、6月下旬の練習中に遠投した際に右肩を痛め、シーズン終了まで登板することなくシーズンを終えた。12月3日に同年限りで辞任した岡本哲司にかわる信濃グランセローズの新監督に就任することが発表された。

2014年は投手コーチを兼ね監督兼選手として信濃に所属。7月21日の試合後に、ベンチ前で行ったミーティングで、3選手を平手打ちしたとして、7月24日に7試合の出場停止処分を受ける。9月15日の新潟戦(長野五輪)で実に7年2ヶ月ぶりとなる公式戦登板を果たし、打者1人を空振り三振に抑え、現役引退を表明した。

中日が、独立リーグのルートインBCリーグ信濃で選手兼任監督を務め今季限りで現役を引退した大塚晶文氏(42)を来季の2軍投手コーチとして招聘(しょうへい)することが23日、分かった。

来季は中日ドラゴンズの2軍投手コーチに就任

2010年のシーズン途中に群馬ダイヤモンドペガサスからオリックス・バファローズに入団。
2011年限りで退団。
2013年から群馬ダイヤモンドペガサスに選手兼任コーチとして復帰。

野球の独立リーグ・BCリーグ群馬のフランシスコ・カラバイヨ外野手(30)が同リーグでは初となる三冠王に輝いた。同外野手は2010、11年にオリックスに在籍していた。

 9月15日に公式戦全日程を終了したリーグの打者部門で、カラバイヨは打率・396、33本塁打、87打点でいずれもトップ。2014年シーズンの三冠王が確定した。

10年から移籍した群馬でも主軸として活躍。シーズン途中にオリックスへ入団した。しかし故障などもあって満足のいく結果は残せず、11年シーズン限りで戦力外となった。オリックスでの通算成績は40試合で打率・242、7本塁打、18打点だった。

出典spork.jp

44歳となる2012年まで日本プロ野球、メジャーリーグでプレー。日米通算74勝。

2013年は石川ミリオンスターズで主にクローザーとして活躍。公式戦72試合中、実に52試合に登板し3勝1敗15セーブ、防御率1.76でチームの前期優勝に貢献。その後地区チャンピオンシップ、BCリーグチャンピオンシップ、日本独立リーグ・グランドチャンピオンシップ2013でも登板し独立リーグ日本一の胴上げ投手となった。シーズン終了後に静岡県の静岡県草薙総合運動場硬式野球場で行われた12球団合同トライアウトに参加。打者4人に対し2奪三振の好結果を残した。12月9日には石川のゼネラルマネージャーに就任。

日本4球団、米国3球団でプレー。13年からはBCリーグ石川でプレーし、今季はGM兼投手を務めた。8月に石川での現役引退を表明してNPB、米大リーグを含めて計28年間の野球人生に幕を閉じた。

日本ハムのゼネラルマネジャー(GM)補佐に、日米で活躍したOBの木田優夫氏(46)が就任することが28日までに、分かった。

来季は日本ハムでGM補佐に就任。

150キロを超すストレートと落差のあるフォークを武器に中継ぎとして活躍。
西武時代の2002年、2003年には最優秀中継ぎ投手に選出。2005年シーズンオフ、ポスティングシステムによるメジャーリーグ挑戦を表明し、タンパベイ・デビルレイズと2年契約を結んだが、故障により、メジャーでの登板はおろか、マイナーでの公式戦にも1度も登板することなく2007年に退団。

2005年シーズンオフ、ポスティングシステムによるメジャーリーグ挑戦を表明し、タンパベイ・デビルレイズと2年契約を結んだ。しかし2006年は右肩痛の影響で調整が遅れ、初登板したオープン戦で3球目を投げたときに右肩を抱えたままうずくまってそのまま交代となる。診断の結果、右肩を脱臼しており全治1年を要する重傷だった。

2007年1月19日にメジャー出場がないままデビルレイズからメジャー契約を解除される。その後マイナー契約を結ぶが、2007年6月11日に契約を解除したと球団の公式ページにて発表された。その後国内(西武ドーム・新日鐵君津球場など)でリハビリをしながら、メジャー挑戦を目指していたが断念。ポスティングシステムを利用してメジャー球団から入札があってメジャー契約した日本人選手がメジャー公式戦に出場できなかった初めての例であり、メジャーリーグ傘下のマイナーリーグ公式戦にも一度も登板していない。

2009年、BCリーグ・石川ミリオンスターズの選手兼任投手コーチに就任した。当初はコーチのみでの発表だったが、肩の調子が良くなり現役復帰の目途が立ったため、選手兼任となった。しかし、同年の公式戦登板はなかった。2010年からは選手を引退し、金森栄治の後任として監督に就任。

2013年6月7日に兼任監督として現役復帰することが発表された。

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