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【アメリカ横断ウルトラクイズ】 歴代優勝者まとめ 福留功男の名進行 ニューヨークへ行きたいか~!

全国から集まった挑戦者たちが「知力、体力、時の運」を合言葉に広大なアメリカ大陸を横断しながらクイズに挑戦し、決勝のニューヨークを目指す番組。数々のチェックポイントを勝ち抜き、ニューヨークで決戦を行い、「日本一のクイズ王」を決定した。優勝者は長門勇人、能勢一幸など。

更新日: 2015年05月11日

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この記事は私がまとめました

復活の噂も(東京スポーツの情報ではあるが・・・・)

アメリカ横断ウルトラクイズとは

『アメリカ横断ウルトラクイズ』(アメリカおうだんウルトラクイズ)は、日本テレビで全17回開催・放送された視聴者参加型のクイズ番組。日本各地から集まった挑戦者たちが「知力、体力、時の運」を合言葉に広大なアメリカ大陸を横断しながら1,000問以上に及ぶクイズに挑戦し、ニューヨークを目指すという番組。

タイトルは「クイズ」であっても、単にクイズの優勝者「クイズ王」を決めるためだけの番組ではなく、普通の人々が突然アメリカなどの広大な自然や冒険・難局に直面したときの表情、挑戦者同士の触れ合いなど、人間ドラマを色濃く描かれた演出が特徴的であった。

総合司会は高島忠夫と石川牧子

「勝てば天国、負ければ地獄!知力・体力・時の運!早く来い来い木曜日!」(高島&石川の合言葉)

高島忠夫と石川牧子アナ(日本テレビ)は1〜15回まで総合司会を担当

クイズ進行役は福留功男

第1回から第14回までの全編、第15回の第1問正解発表までと、“今世紀最後”の全編を担当。

アメリカ横断ウルトラクイズで福留はアナウンサーの地位を確立

レギュラー番組を任せられることはなく、単発スペシャル番組やバラエティ番組のナレーション程度しか出番がない状態が続いた。
しかし、1977年、特別番組として『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ!!』の企画が社内で持ち上がる。収録の日程上、長期間海外出張できる余裕のあるアナウンサーが必要になり、レギュラーを持っていない福留に鉢が回ってきた。

当時クイズ番組の常識とみられていた「主観的な進行と客観的な出題は別人の役割」という概念を覆し、進行と出題を一人でこなす技術を編み出したことで、一躍本番組の看板人物かつ日本テレビの主力アナウンサーとなった。

『アメリカ横断ウルトラクイズ』が年一回のレギュラー番組となり、人気番組に成長するとともに福留の知名度もさらに上昇した。

再放送も決定 伝説の第13回大会がCSで放送決定

『史上最大!第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』
ファミリー劇場
1月29日(木)~2月19日(木) 毎週(木)21:00~22:30/2月26日(木)21:00~23:00(全5回)

『今だから話せるウルトラクイズ丸秘証言集PART II』
1月29日(木)~2月19日(木) 毎週(木)22:30~23:00/2月26日(木)23:00-23:30(全5回)ほか

ウルトラクイズ歴代優勝者・準優勝者は?

回     優勝     準優勝
1回1977年 松尾清三   藤原滋子
2回1978年 北川宣浩   間下友美子
3回1979年 宗田利八郎  田上滋
4回1980年 上田由美   松澤典子
5回1981年 真木法男   杉山眞
6回1982年 高橋直樹   高木剛
7回1983年 横田尚    渡辺晶夫
8回1984年 石橋史行   宍戸浩明
9回1985年  金子孝雄   長谷川威夫
10回1986年 森田敬和   西沢泰生
11回1987年 稲川良夫   山賀恵美子
12回1988年 瀬間康    仁大江成人
13回1989年 長戸勇人   永田喜彰
14回1990年 佐藤光邦   高松康典
15回1991年 能勢一幸   松原史和
16回1992年 田中健一   大西肇
17回1998年 小川圭太   清水耕司

立命館大学の優勝者が多い
松尾清三、稲川良夫、瀬間康仁、長戸勇人、小川圭太と最多5名を輩出
立命館大学は、RUQS所属という立命館クイズ研というサークルがあり、歴代優勝者はみな会長に就任している(※松尾清三を除く)
ちなみに東京大学は田中健一のみ1名である

第1回チャンピオン 松尾清三 1977年

京都府出身
立命館大学出身、材木店経営。優勝時の年齢が歴代最年長。関西地区収録のクイズ番組を中心に参加し、数多くの優勝歴も持っていた。

出典アメリカ横断ウルトラクイズの各大会の詳細 - Wikipedia

ウルトラクイズ (優勝)
パネルクイズアタック25 (優勝)
クイズグランプリ (優勝)
世界一周双六ゲーム (優勝)

数々のクイズ番組に優勝した、元祖クイズ王

福留 「国民学校でね、アメリカに来てからは全然英語を使いません。日本語で押し通しておりますが」

栄えある初代クイズ王。
機内800問ペーパークイズ・総合第1位、712点。

ダラスで松尾さんが唄った、労働歌「がんばろう」の替え歌は実に印象的でした。

♪ がんばろう~ ニューヨーク目指し~
  仕事の事な~んか 気にしない~
  かあちゃんの事な~んか 気にしない~
  戦いはここから~ 戦いは今から~

優勝の後、パンナムビルの屋上で舞った松尾さん(笑)。
…放送翌日、全国の小中学生があれを真似して遊んでいた、というエピソードはもはや伝説です。

優勝賞品は、ラスベガスの土地1エーカー (砂漠のど真ん中・1226坪分)

第2回チャンピオン 北川宣浩(1978年)

東京都立大学工学部建築工学科卒業。本業は広告会社のマーケティングディレクター。その他にも数多くのクイズ番組で優勝・パーフェクト達成などを飾り、いわゆる「クイズ王」のはしり的な存在となった。

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