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【神対応】ジョコビッチがすごすぎて頭が上がらない

言わずと知れた男子テニス王者ジョコビッチ。彼の知られざる意外な素顔とは?

更新日: 2015年02月04日

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maronhikou88さん

ジョコビッチの経歴

Novak Djokovic(ノバク・ジョコビッチ)
誕生日:1987年5月22日
出身:セルビア ベオグラード
住所:モナコ モンテカルロ
国籍:セルビア
身長:188cm
体重:80kg
利腕:右利き/両手バックハンド
好きなサーフェス:ハード
プロ転向:2003年

セルビア出身の選手です

4歳からテニスを始める。ジョコビッチの父親は元プロスキー選手で、優れたサッカー選手でもあり、現在はセルビア国内でピザとクレープのレストランを経営している。ノバクは12歳の時、ドイツ・ミュンヘンにある「ニキ・ピリッチ・テニスアカデミー」に留学し、2年後セルビアに戻った。2003年に16歳でプロ入りし、2004年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのセルビア・モンテネグロ代表選手になる。

並外れた運動神経は父親譲り?

代表的な成績

<ツアー経歴>
ツアー通算48勝
シングルス47勝
ダブルス1勝

<4大大会最高成績・シングルス>
全豪優勝(2008・11-13)
全仏準優勝(2012・14)
全英優勝(2011・14)
全米優勝(2011)
優勝回数7(豪4・英2・米1)

2014年12月1日現在では男子ATPランキングにおいて、2位のフェデラーに1500ポイント以上の差をつけて1位となっています。とにかく強い!

少年時代のエピソード

6歳の少年が、夏のスクールに、大きなテニスバックを抱えてやってきた。その中には、着替えのシャツがきれいにたたまれ、タオルやリストバンドやウオーターボトルがきちんと整理されてつめこまれていた。
「お母さんが準備してくれたの?」と、尋ねると、
「テレビでテニスの試合をいつも見ていて、テニス選手がどんなバックを持つかわかったんだ、それで自分で用意した」

これがジョコビッチだった。

このかばんを見て、コーチはすぐさま4年のトレーニング計画を立て、両親に提案した。が、多大な資金が必要で、ジョコビッチ家族を援助しようとする者は誰もいなかった。それで、コーチはジョコビッチ少年に再び尋ねた。
「これから数年、毎日毎日厳しいトレーニングをしたいか?」ジョコビッチは答えて言った。
「はい、僕は大きく(偉く)なりたい」 Oui, je veux être grand.
彼は、チャンピオンの心と魂を持っていた。

この頃から只者ではない風格があったのですね

つらい紛争体験

セルビア人のジョコビッチは、少年時代にコソボ紛争を経験しており、1999年の北大西洋条約機構(NATO)軍による78日間の空爆時には12歳だった。

「(空爆の)2カ月間はほぼ毎日、頭上を飛行機が通り過ぎて行くテニスコートで1日を過ごしていた」と当時を振り返ったジョコビッチ。「私や国の仲間たちがくぐり抜けたあの時期は、間違いなく誰にも経験してほしくないものだ」と述べた。

ジョコビッチが11歳だった時、2か月半もの間、地下室に避難しなければならないという経験をしました。12歳の誕生日も地下室。4歳からテニスを始め、かなりの才能を見出していたジョコビッチをセルビアは危険と考え、両親がドイツのテニスアカデミーに留学させました。

このような自身の経験から強く平和を呼びかけています。

人格者でもあるジョコビッチ

十分な教育を受けられなかったり、栄養不足や病気に苦しんでいたり、家族を亡くした子どもたちの苦しみを軽減し、才能を伸ばすことを目的に地域社会や個人の両方に必要な物資やサービスを提供している。

2011年からはセルビアにおけるユニセフ親善大使としても活躍しています。

チャリティー活動にも積極的

東日本大震災の後、テーピングにSUPPORT TO JAPANの文字

私たちが驚かされたのはジョコビッチの付け入る隙のないプレーだけではない。彼が率先して、大地震で被災した東北地方のため、日本のために活動してくれていることだ。膝に貼ったテーピングやソックスには毎回「SUPPORT TO JAPAN」の文字。遠い地のテニスコートから「がんばれ日本」と発し続けられるメッセージのみならず、その後も他のトッププレーヤーたちと被災地へのビデオレターを撮影したり、今週大会が行なわれているマイアミでテニスプレーヤーによるサッカーのチャリティーマッチを発案したりと、試合で忙しいにもかかわらずジョコビッチの行動力には頭が下がる。

「日本の人たちのことがとても心配だ。彼らのために僕たちができることをやるのは当然のこと」。全豪オープンの優勝スピーチで、かつて長い間戦火に包まれていた祖国の人々の苦しみに触れ、「このトロフィーはセルビアのもの」と掲げたジョコビッチの使命感と人々の幸せを願う気持ちは、何も母国に対してだけに向けられるものではないのだろう。

ノバク・ジョコビッチ氏とユニクロが発案した'Clothes for Smiles'プロジェクトは、ヒートテックとウルトラライトダウンの売り上げから10億円のファンドを設立し、未来をつくる子どもたちに夢と希望を提供していこう、というものです。

私の幼少期のセルビアは戦争中で、子ども達には選択肢がなく、夢をあきらめざるをえませんでした。しかし、何があっても私は世界一のテニスプレーヤーになるという夢の実現をあきらめませんでした。ここ数年、私は“Be Unique.(ユニークであれ) ”という信条を強めています。この信条は、恵まれない環境にいる人達を助けたいという強い思いから生まれた。子どものころから沢山の人々の助けや寛容に恵まれたからこそ、今の私があるからです。皆さん、子どもたちが夢を叶える手助けをする私達(私とユニクロ)の取組にぜひ参加して下さい。私達の新しいプロジェクトの一員になってください。ありがとうございました。

ヒートテックとウルトラライトダウン、買おう。。

実は超ひょうきん

ノバク・ジョコビッチは公開練習になると見物客を意識し、楽しませてくれる。ダンスをしたり、マリア・シャラポワ、アンディ―・ロディックやラファエル・ナダルのモノマネをしたりする。
どうしても観客に楽しんでもらう事を意識してしまうので、決勝前日で真剣に練習をしたい時は非公開練習や、別地域のコートでひっそりとする事がある。

ひっそりと練習笑

Dr.ジョコビッチ

2013年のオーストラリアオープンでドクターに扮するジョコビッチ

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