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本当は怖い絵画 「ラス・メニーナス 女官たち」 ディエゴ・ベラスケス

作者や描かれた人々の生涯などをまとめてみました。あの絵に描かれた人々で、幸福だった人物はいたのでしょうか。

更新日: 2014年12月06日

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mimimi8さん

ラス・メニーナス

舞台はフェリペ4世のマドリード宮殿の大きな一室である。

スペイン宮廷人(人物も特定されている)の様子を、何人かの評論家が言うようにスナップ写真のごとく、瞬間的に切り取って、写し描いてみせたのである。

人物像のうち、幾人かはカンバスの中から鑑賞者の側に向かって注意を向け、残りの幾人かが互いに交流している。幼いマルガリータ王女を取り囲んでいるのは、お付きの女官、待女、目付役、2人の小人と1匹の犬である。

彼らの背後には、大きなカンバスに向かうベラスケス自身が描かれている。ベラスケスの視線は、絵の中の空間を超えて、絵の鑑賞者自身の立ち位置の方向に向けられている。

背景には鏡がかかっていて、王と王妃の上半身が映っている。王と王妃は、絵の外、つまり鑑賞者の立ち位置と同じ場所に立っているように見える。

作者にまつわる怖い話

1623年、マドリードに2回目の旅行に行く。このとき、スペインの首席大臣であったオリバーレス伯爵ガスパール・デ・グスマンの紹介を受け、国王フェリペ4世の肖像画を描き、国王に気に入られてフェリペ4世付きの宮廷画家となり、以後30数年、国王や王女をはじめ、宮廷の人々の肖像画、王宮や離宮を飾るための絵画を描いた。

しかし彼が描いた王家の人々というと…

御世辞にも美男とは言い難い人物。

フェリペ4世の姪(!)で、オーストリア皇女。
この絵が描かれた当時はまだうら若き美女のはずなのですが、とんでもない仏頂面をしていますね。

正直なところ、画家としてはあまりモデルにしたくない人物ばかり。

1651年に帰国すると、1652年には王宮の鍵をすべて預かる王宮配室長という重職につくようになり、役人としても多忙となる。一方で、1656年には「ラス・メニーナス」を制作し、1657年には「織女たち」、1659年には絶筆となる「マルガリータ王女」など、この時期においても実力は衰えず、大作を完成させていった。1660年にはフェリペの娘であるマリー・テレーズ・ドートリッシュとフランス国王ルイ14世との婚儀の準備をとりしきるが、帰国後病に倒れ、1660年8月6日にマドリードで61歳で死亡した。

また、フィリーペ四世の最初の王妃の末子にあたるマリア・テレーサは、当時最高の権勢を誇ったフランス国王ルイ十四世に嫁いでおり、その時六十歳だった最晩年のベラスケスもその結婚式の準備に奔走した。そして、死因はそのための過労死だった。

画家のはずなのに宮廷の大事な仕事を任されまくって最後は過労死しました。
あと、「ラス・メニーナス」に関わる不思議な話。

絵の中の画家本人の胸に描かれた赤い十字で、これはサンチャゴ騎士団の紋章です。

サンチャゴ騎士団に入ることは当時のスペインにおいて最大の栄誉であり、ベラスケスは60歳のときに(1659)騎士団への入団をやっと許されました。ところがその3年前に『ラス・メニーナス』は完成していて(1656)、王宮に飾られていたのです。

つまり『ラス・メニーナス』の完成時には、ベラスケスはサンチャゴ騎士団員ではありません。従ってその時点で赤い十字は絵になく、後で誰かが十字を描き加えたと考えられているのです。

誰がこんなことをしたのでしょうね。

「王女」にまつわる怖い話

ラス・メニーナスで中央に描かれているマルガリータ王女。彼女は伯父と姪の結婚で生まれた王女ですが…

マルガリータは長い結婚交渉の末、両ハプスブルク家の間の伝統的な政略結婚に則り、1666年の復活祭の日に母親の実弟で11歳年上の神聖ローマ皇帝レオポルト1世と代理結婚式を挙げた。同年12月、15歳の花嫁マルガリータがウィーンに輿入れすると、両人そろっての正式な結婚式が盛大に執り行われた。真冬に行われた皇帝の結婚式の祝賀ムードは、春先の四旬節にいたるまで続いた。

親子2代続いてのおじと姪での結婚。
彼女は自分の夫の事を「叔父上さま」(Onkel)と呼んでいたそうです。(夫婦仲はよかったようです。)

喪服姿での1枚。
お見合い代わりにオーストリアに贈られた絵画だそうです。

結婚生活は幸福で、皇帝夫妻は6年間の結婚生活で6人の子供を授かったが、成育したのは娘のマリア・アントニア(1669年 - 1692年)だけであった。

なんども流産を繰り返したため、かなり苦しい思いをしたようです。さらに…

マルガリータがスペインから連れてきた随員の打ち解けない態度や傲慢さのせいで、ウィーン宮廷には反スペイン感情が高まり、その悪感情はそのままうら若いマルガリータに向けられた。廷臣達は病弱なマルガリータが死の床に就くと、臆面もなく彼女がいなくなることを喜び、レオポルト1世の再婚相手探しに乗り出すという有り様だった。

マルガリータが生きているというのにこの仕打ち。
結局彼女は…

マルガリータは、第6子を出産した直後に死去した。21歳で亡くなるまでに多くの妊娠を経験し、体がすっかり弱っていたのだった。

彼女の唯一生き残った娘、マリア・アントニアはバイエルン選帝侯マクシミリアン2世エマヌエルに嫁ぎます。3人の子を産みましたが、3人とも幼くして命を失いました。マリア・アントニアは第三子出産後急逝します。
ここに、マルガリータ王女と、その母マリアナの血筋は途絶えました。

手前の犬に関わる怖い話

桶に沈められながらも命拾いしたので旧約聖書の登場人物モーセにちなんで名がつけられた

なんで桶に沈めちゃったのかな??猟奇的ですね。

小人にまつわる怖い話し

当時のスペイン宮廷では慰み者として、異形の者が集められていました。
そういった人々の中に「小人」がいました。

王妃のお気に入り。身体は小人(背が伸びない身体 こびと)だが辛辣で侮辱されると決して許さなかったため恐れられていた。 
ベラスケスも彼女には一目置いていた。 
ニコラス(手前の犬を蹴っている少年)をたいそう可愛がっていた。

←ニコラス・ベルトゥサト
彼もまた小人であったが誇りが高くのちには国王の執事となる。
未来を透視する能力があったといわれている。
愛称ニコラシーリョと呼ばれ王朝の人たちに愛された。ちなみにモーセの飼い主。

参考HP

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