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村上春樹が読んで影響を受けた作家たち

作家の村上春樹さんに影響を与えたと言われている作家を7人まとめました。

更新日: 2016年06月28日

cowardcowさん

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【カート・ヴォネガット】

カート・ヴォネガット(Kurt Vonnegut、1922年11月11日 - 2007年4月11日)は、アメリカの小説家、エッセイスト、劇作家。1976年の作品『スラップスティック』より以前の作品はカート・ヴォネガット・ジュニア(Kurt Vonnegut Jr.)の名で出版されていた。

人類に対する絶望と皮肉と愛情を、シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した。現代アメリカ文学を代表する作家の一人とみなされている。

代表作には『タイタンの妖女』、『猫のゆりかご』(1963年)、『スローターハウス5』(1969年)、『チャンピオンたちの朝食』(1973年)などがある。ヒューマニストとして知られており、American Humanist Association の名誉会長も務めたことがある。20世紀アメリカ人作家の中で最も広く影響を与えた人物とされている。

「愛は消えても親切は残る、と言ったのはカート・ヴォネガットだっけ。」
と書いたのは村上春樹だった(『雨天炎天』1990年刊)。

"ヴォネガットは初期の村上春樹に大きな影響を与えた作家としても有名ですが、特にこの「スローターハウス5」は影響力が高く、「風の歌を聴け」は同じような構造をしています。"

出典 Mona Books: カート・ヴォネガットと村上春樹の優しさ - 『スローターハウス5』カート・ヴォネガット・ジュニア / Mona Books

【リチャード・ブローティガン】

"リチャード・ブローティガン(Richard Brautigan、1935年1月30日 - 1984年9月14日?)は、アメリカ合衆国ワシントン州タコマ出身の作家、詩人。

『ビッグ・サーの南軍将軍』でデビュー。以後『アメリカの鱒釣り』、『西瓜糖の日々』、『芝生の復讐』などを発表、1976年には来日している。『アメリカの鱒釣り』によって一躍ビート・ジェネレーションの作家の代表格として祭り上げられるが、本国では次第に忘れられ、むしろ日本やフランスにおいて評価が高い。"

出典 リチャード・ブローティガン - Wikipedia

初期の村上春樹はこのブローティガンとヴォネガットに強い影響をうけたのがよくわかる。重厚で写実的な物語の拒否は、ポップで現代的なスタイルをもたらしたのである。村上春樹はこの路線から離れていってカッコよくなくなっていった。

"特に村上春樹、高橋源一郎など、どこかファンタジックな雰囲気を持つ作家に「ブローティガンっぽさ」というのは脈々と受け継がれていて、翻訳調の文体で、落ち着いた空気の中におしゃれな幻想が入ってくるものはすべて、ブローティガンの影響下にあると言っても過言ではありません。"

出典 リチャード・ブローティガン『アメリカの鱒釣り』|文学どうでしょう
http://ameblo.jp/classical-literature/entry-11099070279.html

【レイモンド・チャンドラー】

"レイモンド・ソーントン・チャンドラー(Raymond Thornton Chandler, 1888年7月23日 - 1959年3月26日)は、アメリカ合衆国シカゴ生まれの、小説家で脚本家。

チャンドラーの長編小説の一部は文学作品として重要とされており、特に『大いなる眠り』(1939)『さらば愛しき女よ』(1940)、『長いお別れ』(1953) の3作品は傑作とされることが多い。

出典 レイモンド・チャンドラー - Wikipedia

僕はもともとぼおっとしているのが好きなので、小説を書くときはだいたいこのチャンドラー方式を取っている。とにかく毎日机の前に座る。書けても書けなくても、その前で二時間ぼおっとしている。 (村上春樹『チャンドラー方式』より)

"「チャンドラーの文章はあらゆる意味合いにおいてきわめて個人的なものであり、オリジナルなものであり、ほかの誰にも真似することのできないものだった」と村上はいう。そんな特別な英語の文章を、村上は自然な日本語に置き換えてしまった。"

出典 チャンドラーの「ロング・グッドバイ(The Long Goodbye)」を村上春樹の訳で読む
http://japanese.hix05.com/Literature/Murakami/murakami2/murakami811.f7goodbye.html

【ドストエフスキー】

"フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(ロシア語: Фёдор Миха́йлович Достое́вский,1821年11月11日〔ユリウス暦10月30日〕 - 1881年2月9日〔ユリウス暦1月28日〕)は、ロシアの小説家・思想家である。代表作は『罪と罰』、『白痴』、『悪霊』、『カラマーゾフの兄弟』など。レフ・トルストイ、イワン・ツルゲーネフと並び、19世紀後半のロシア小説を代表する文豪である。"

出典 フョードル・ドストエフスキー - Wikipedia

村上春樹は『ペット・サウンズ (新潮文庫)』のあとがきの中でこんなことを言っています。
「世の中には二種類の人間がいる。『カラマーゾフの兄弟』を読破したことのある人と、読破したことない人だ。」

"「偉大な作家ですよね。ドストエフスキーを前にすると、自分が作家であることがむなしくなってきます」――。かの村上春樹がこう評するロシアの大文豪・ドストエフスキー。読めば読むほど、人間関係の本質を理解できること間違いなし!"

出典 あの村上春樹の“バイブル” ドストエフスキーに学ぶ「カネと女と権力」の本質 - DIME(ダイム) - X BRAND
http://xbrand.yahoo.co.jp/category/entertainment/11306/1.html

【トルーマン・カポーティ】

"トルーマン・ガルシア・カポーティ(Truman Garcia Capote, 1924年9月30日 - 1984年8月25日)は、アメリカの小説家。

23歳で初めての長編『遠い声 遠い部屋』を出版し、若き天才作家として注目を浴びた。その後は中編『ティファニーで朝食を』が映画化されヒットするなど、1作ごとに華やかな話題をふりまき映画にも出演し、ノーマン・メイラーとともに作家としては珍しくゴシップ欄の常連になるなど、公私の両面で話題を振りまいた。"

出典 トルーマン・カポーティ - Wikipedia

村上春樹は、大学受験用の副読本で『ヘッドレス・ホーク(無頭の鷹)』を読んでカポーティが好きになったそうです。オードリー・ヘプバーン主演の『ティフアニーで朝食を』という映画の原作はカポーティで、2008年村上春樹訳が刊行されています。

"カポーティの文章はほんとうに流麗で、読んでいて感心せずにはいられなかった。文章、完璧だね。ここまでいきいきしたヒロインを描けるのはすばらしい。ユーモアのセンスも強靭だった。村上の訳も、カポーティの文体が持つグルーヴ感を日本語に置き換えているような刺激があった。彼は自分の好きなテキストをとてもていねいに読み込んで、じっくりと味わうのが特徴だとおもう。"

出典 トルーマン・カポーティ、村上春樹 訳『ティファニーで朝食を』|書評/対談|新潮社
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20080229

【F・スコット・フィッツジェラルド】

フランシス・スコット・キー・フィッツジェラルド(Francis Scott Key Fitzgerald, 1896年9月24日 - 1940年12月21日)は、アメリカの小説家。一般にはF・スコット・フィッツジェラルドと称される。失われた世代を代表する作家の一人。

1920年代は間違いなくフィッツジェラルドが最も輝いたときだった。1922年に出版された二作目の長編小説『美しく呪われし者(英語版)』は未熟な部分もあった前作に比べ格段の進歩を遂げていた。そして1925年には三作目の長編小説『グレート・ギャツビー』が出版されている。後世、この作品によってフィッツジェラルドは、1920年代アメリカのいわゆる「ジャズ・エイジ」や「フラッパー」の象徴としてのみならず、20世紀アメリカ文学全体を代表する作家達の仲間入りを果たした

村上氏にとって『グレート・ギャツビー』は「人生で最も大切な小説」であるようです。『ノルウェーの森』のあとがきの中でも村上氏は、フィッツジェラルドの『夜はやさし』と『グレート・ギャツビー』について
「僕にとって個人的な小説である」
と述べておられます。

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