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【絶滅寸前】日本に現在5世帯以下しかいない「珍しい名字(苗字)」20選

日本には現在漢字で11万5千種、読みで17万種もの名字があります。そんなたくさんある名字の中から、今回は特に少ない現在5世帯以下しかいない名字(2014年現在)の中からの20選です。

更新日: 2016年06月05日

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81zさん

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5世帯。吉良、雲英と語源をともにする。近年、静岡県に多く、特に小笠郡菊川町吉沢に集中してみられる。北海道にもみられる。雲母(うんも:鉱石)の産地。きらきらと光ることから名前がついた。

吉良上野介のルーツとも?

「吉良」様とは、かの吉良上野介のことです。そして「雲母」とはあの六角状の結晶体のことです。吉良上野介のルーツが雲母だったって!? その謎を解いてみましょう。

幡豆郡「吉良町」(きらちょう)は昨年の4月に西尾市に編入合併されてしまい、表面から姿を消してしまいました。残念なことです。でも名鉄の駅名として「吉良吉田駅」は健在です。もちろん、この地は江戸の高家として名高い吉良上野介義央(よしなか)公が治めていたところです。

もともと吉良家のルーツは清和源氏で、源義家(八幡太郎)の孫に当たる足利義康(よしやす)を始祖としています。義康は父から下野国足利庄(今の栃木県足利市)を贈与されて拠点としていました。後の足利幕府を担う足利氏のルーツもここになります。三河の吉良氏はこの足利の流れから誕生しています。

足利義康の孫に当たる足利義氏(よしうじ)という人物が、三河国吉良荘を与えられてこの地に赴任したのが発祥となります。義氏はこれを機に「足利」姓を改め「吉良」姓に変えたのです。言うまでもなく、この地が「吉良」という地名だったからです。

ではいったい「吉良」というのはどんな意味なのでしょう? 実はそれが「雲母」に由来するというのです。「雲母」はアルカリ性金属・鉄・アルミニウムなどを含む六角状の結晶でうすくはがれる性質を持っています。その光沢が美しいことから「きらら」とも呼ばれてきました。つまり「雲母」と書いて「きらら」とも読むことになっているのです!

その「きらら」から「吉良」という地名が生まれたことを知って、義氏は姓を「吉良」に変えたのです。実際、この地に雲母が採れたという証拠があります。平安時代に出された『続日本紀』の元明天皇記に和銅6年(713)、大倭・三河の両国から「雲母」(きらら)を「輸納」させたと書かれています。その雲母が採れたのは旧吉良町北部にある八ツ面山(やつおもてやま)別名「きらら山」だったとされています。

元禄14年(1701)に起こった赤穂藩主浅野長矩(ながのり)の江戸城内での刃傷(にんじょう)事件の後、吉良上野介は翌年討ち入りによって殺害されてしまいます。その後ドラマ化された「忠臣蔵」「赤穂浪士」などで吉良上野介は一方的に悪者にされてきた感があり、遺憾というしかありません。いかなる理由があろうとも殿中で刀を抜いたのは浅野長矩であったのです!

吉良上野介は地元に多大な貢献をしたことで知られています。特に治水工事で知られ、洪水に悩まされていた「鎧ヶ淵」と呼ばれていた沼地に全長180メートルの堤を一夜にして築かせ、人々を驚かせました。その結果稲穂が豊かに実るようになったことから「黄金堤」(こがねづつみ)と呼ばれました。

吉良氏の代々のお墓は華蔵寺(けぞうじ)というお寺にあり、いつ行っても花と線香の香りが絶えません。それにしても「吉良」には“キラキラ”輝く香しさが漂っています!

難解なクイズにもなるレベル

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3世帯。和歌山県日高郡日高川町千津川廻り道がルーツ。現在は和歌山県や兵庫県、神奈川県にみられる。 「まはりみち」と言う読み方は、歴史的仮名遣いの読み方。

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1世帯。埼玉県や大阪府、東京都、鹿児島県少数存在する。蔵が栄える、という意味が由来。

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1世帯。広島県に少数みられる。「たで」は原野などにたつ建物が語源であり、城壁や堀に関する物が由来。伊達氏と関連する。中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)山蔭流がある。

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4世帯。現千葉県北部である下総国相馬郡小浮気邑発祥ともいわれるが、伝統的な名字である。近年、京都府、滋賀県にみられる。語源は小さな湿地帯。4世帯。

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