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inevergiveupさん

1989年のチェコスロヴァキアのビロード革命のおり、1960年代のチェコを代表する歌手の一人、マルタ・クビショヴァー(Marta KUBIŠOVÁ)による、チェコ語でのカバー(チェコ語作詞:ズデニェック・リティーシュ(Zdeněk RYTÍŘ))が、民主化運動を行う民衆を励ます曲として、「マルタへの祈り(Modlitba pro Martu)」と共に民衆によって歌われた。クビショヴァーによる「ヘイ・ジュード」は、1968年にチェコにソヴィエト軍が侵攻し、いわゆる「プラハの春」を弾圧した事件に抵抗するために「マルタへの祈り」等と共にレコーディングされていたのであった。

ソ連の戦車が突然侵攻して、傀儡政権が出来重苦しい空気が漂いはじめる。

ある人は転向し、ある人は抵抗し続ける。

転向しなかったマルタクビショバにも、過酷な運命が待ちうける。

時は流れ、自由が戻って来た時、かってマルタクビショバが

歌っていたヘイジュードが自由の象徴になった。

1968年2月チェコは改革派のアレクサンドル・ドブチェクを共産党第一書記に選出、また3月にはルドヴィク・スヴォボダが大統領に選ばれた。検閲は廃止され、言論と芸術の自由が宣言された。同時に市場の自由化、西側との交流の拡大などの政策も指向された。

ソビエト政府はこの動きを反革命と見做し、8月20日首都プラハを戦車で蹂躪した。社会主義の新しい改革と見られたプラハの春はこうして一瞬のうちに消え去ったように見えたが、チェコでの文化人を中心とする抵抗は続いた。そして21年後ベルリンの壁崩壊と共にチェコは民主主義国家として再生した。

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